【小説】夏祭り

初めにこちらをお読み下さい。

 

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「ね、メルちゃん、これ見て」

「んー?」

新聞の広告に入っていたのは夏祭り開催のお知らせ。

花火の2文字を見た瞬間メルちゃんの目が輝きました。

「行きたい!!」

「やっぱり」

「ねえねえ、絶対行きたい!!」

「えーっと…次の土曜日か」

「待ちきれないよ~」

「あと3日じゃん、楽しみができてよかったね」

「屋台の食べ物とか買ってくれる?」

「うーん、そうだなぁ」

「今度の算数のテストで良い点が取れたら…考えてあげよっかな?」

「さ、算数…」

メルちゃんは算数が大の苦手です。

九九の表がなかなか覚えられません。

この前はテストでとっても悪い点を取ってしまいました。

「国語じゃだめ?」

「だめでーす」

「が…がんばる」

メルちゃんはすごく嫌そうな顔をしています。

けれども、屋台のわたがしやイカ焼きがどうしても食べたいのです。

その日から、メルちゃんは算数のお勉強に励みました。

テストは金曜日。

お家に帰ってからは、お友達と遊ぶのは我慢しました。

九九の表をひたすら眺めて、書いて、喋って…

けれどもなかなか覚えられません。

「メル…屋台のわたがし食べられないのかなぁ…」

「…」

メルちゃんはちょっとだけ泣いてしまいました。

テストはいよいよ明日です。

「泣いてるひまがあったら、お勉強しなきゃ」

メルちゃんは机に向かいました。

テスト当日。

メルちゃんはどきどきが止まりません。

屋台のおいしいものが懸かっている、運命のテストです。

「はい、そこまで!」

「隣の人と交換して下さーい」

お隣の人のテストにまるつけしていきます。

「まる、ばつ、まる、まる…」

採点し終えると、そこには丸がいっぱいでした。

「メルちゃん、まるつけ終わったよ」

「…あ、メルも終わったよ」

「じゃあ、交換しよっか」

「う、うん」

裏返しになったテスト用紙。

表に返すのが怖くてたまりません。

「…よし」

決心して、表に返すと…点数は45点。

「!!」

「そんな…あれだけお勉強したのに」

「はーい、後ろの人から前に回して下さいね~」

「…」

メルちゃんは今にも泣きそうなのを必死で我慢しました。

「…ただいま」

「おかえり、今日はどうだった?」

「…なんだか暗い顔してるね、お友達とケンカでもしちゃった?」

「…着替えてくる」

「う、うん」

「メル…算数できないんだ」

「お友達はみんな九九の表覚えてたのに」

「なんでだろう…なんで…」

かばんから、45点と書かれたテストを取り出しました。

メルちゃんは穴が空くほど眺めましたが、はっきりと45点と書かれています。

「4を8にできないかな?」

「…ばれるよね、はぁ」

「正直に見せるしかないよね…おこられるかな」

メルちゃんが戻ってきました。

後ろ手にテスト用紙を持ちながら。

「おやつ食べる?」

「…いらない」

「ねえ、どうしたの?嫌なことでもあった?」

「…これ、見て」

「あ、そういえば今日…テストの日だったね」

「自分で言ってて忘れてた…ごめんね」

「…見て良い?」

「…」

「メルちゃんの点は…よ、45点?」

「これまた低いね、メルちゃん算数苦手なのかな?」

「…ごめんなさい」

「ね、この前私が何て言ったか、覚えてるかな?」

「『テストで良い点が取れたら、屋台のもの買ってくれる』…って言ってた」

「そうだね」

「で、メルちゃん…45点は良い点かな?」

「…悪い点」

「うんうん」

メルちゃんは泣いてしまいました。

どうしても屋台の食べ物が欲しかったのです。

「メルね、おいしいものね、食べたかったの」

「なのにね、テストで良い点が取れなくてね…ひっく」

「もう、泣き虫メルちゃんは嫌いだよ?」

「メルちゃん、ちょっとこっち見て」

「な、なに…?」

「私ね、メルちゃんがお友達と遊ぶの我慢してお勉強してたの知ってるんだよ」

「朝も九九の表見てたよね」

「メルちゃんがこんなに勉強してるの初めて見て…嬉しかったな」

「…」

「だから、今回は特別に食べ物を買ってあげようと思いまーす」

「え」

メルちゃんの顔がとたんに明るくなりました。

「ほ、ほんと?嘘つかない?嘘じゃない?」

「ほんとだよ、メルちゃん頑張ったからね」

「大好き!!」

「わ、ちょっと!!」

メルちゃんが思い切り抱きついてきました。

ここ数年で一番強い力で。

「ちょっと、ぐるじいんですけど…」

「メル嬉しい!!」

「でね、約束してほしいことがあるの」

「なになに?」

「九九の表教えてあげるから、一緒にお勉強するって約束」

「教えてくれるの?」

「大人だから、九九の表は完璧だぞ~?」

「やった!!」

メルちゃんはわくわくが止まりません。

「メルちゃん泣いたり笑ったり忙しいね、くすっ」

「もう泣かないもん!!」

お祭り当日。

メルちゃんが起きてきました。

「あ、おはよう」

「メルねむい…」

「ん~?わくわくして眠れなかったの…だーれだ?」

「そんなこと…ないもん…ふあぁ」

「用意してあるから…朝ご飯食べてね」

「うん…」

メルちゃんはどうやら眠れなかったようです。

花火に水風船、金魚すくいにお面売り…

子供にとってそこは天国です。

一方の大人にとって、そこは何でしょうか。

「ごちそうさま」

「はーい、いっぱい食べてえらいね」

「…着替えてくる」

「あ、メルちゃん…ちょっと待って」

「?」

ソファーの裏からごそごそと何かを取り出しました。

「じゃーん、これ、なーんだ?」

「…あ!!」

「ゆ、ゆかた!!」

「メルちゃん着たがってたよね、こっそり買ってたんだよ」

「わぁ、メル嬉しい!!」

水色地に花火柄の涼しげな浴衣です。

さっそくメルちゃんに着せてあげました。

「ねえねえ、似合ってる?」

「ばっちりだよ、メルちゃん可愛いね」

「早く行こうよ!」

「うふふ、準備するから待っててね」

昨日あれだけ悲しい顔をしていたのに、今日は一転して満面の笑みを見せています。

子供って単純だな…そう思ったのは秘密です。

会場に来ました。

大勢の人で賑わっています。

「夜までまだ時間があるね、何したい?」

「ぜんぶ!!」

「…はむりだから、ちょっと歩いてみよっか」

さっそくイカ焼きの屋台を見つけました。

あたりに美味しそうな匂いが立ち込めています。

「イカ焼きだ!!食べたい食べたい!!」

「んじゃ、買ってくるから待っててね」

「うん!!」

「はい、おまたせ」

「食べて良い?」

「いいよ…あ、浴衣に付かないようにしてね」

「もぐもぐ…」

「食べるの早いね…おいしい?」

「おいしい!!」

「んー、私のぶんも買ってこようかなぁ?」

「はい、どうぞ」

「あ、くれるの?メルちゃん優しいね」

「はんぶんこするの」

「えへへ…ありがと」

イカ焼きを頬張ると、急に何か懐かしさを覚えました。

自分も昔はこうしてわくわくしたりときめいたりしてたのかな、

そう思いながら遠い目をしているとメルちゃんにつつかれました。

「…はっ」

「ねえどうしたの?もういらないならメルが食べるよ?」

「あ…ごめんごめん、最後の一個食べてもいいよ」

「いただきます!」

「おいしかったね」

「うん!」

メルちゃんは終始嬉しそうな顔をしています。

その顔を見て、思わず笑顔になりました。

「…さーて、次は何がいいかな」

「みてみて、金魚すくいだよ」

「お、懐かしいね…ちょっと見てみようか」

桶に金魚がたくさん泳いでいます。

すくった分はお持ち帰り、すくえなくても一匹サービスです。

「…メルちゃんどうしたの?」

「この金魚さんたち…ちょっぴりかわいそう」

「え?」

「みんなちゃんとお世話してもらえるのかな?」

「それは、分からないなあ」

「ちゃんとお世話できないと、すぐにしんじゃったりするよね」

「そう思うとね、メルあんまりやりたくないな…」

「メルちゃんそんなこと考えるんだね、ちょっと意外かも」

「え」

「金魚すくいやりたい?お世話できるならやってもいいよ?」

「お世話でき…」

ふと、メルちゃんは昔の記憶が蘇りました。

幼い頃に飼っていたお魚が死んで大泣きしたことを。

名前を付けて可愛がっていたぐらいです、失った悲しみは大きいものでした。

「…チョコちゃん」

「あ、懐かしい名前」

「メル金魚すくいやるのやーめた」

「なんで?お金はあるよ?」

「だって、死んだらかわいそうだもん」

「そりゃ、そうだけど」

「メルちゃんお世話するの上手だよね、金魚さんいらないの?」

「また今度!!」

「んー、まあいいけど」

「それより…メルわたがし食べたい」

「そっか、探してみよっか…」

そうこうしているうちに夜になりました。

花火大会まであと10分といったところでしょうか。

「わくわく」

「今年はどんな花火だろうね、楽しみだね」

「メルね、花火大好きなんだよ?」

「花火はみんな大好きだよ、私も大好き」

「メルとどっちが大好き?」

「え?それはもちろん…花火かな」

「え!!」

「…なーんて、メルちゃんに決まってるじゃん」

「ほんとに?うそじゃない?」

「あはは…嘘じゃないよ」

花火大会が始まりました。

大小様々な花火が上がり、大盛況です。

もちろん、メルちゃんも大興奮です。

「すごいすごい!!」

「メルちゃん来れて良かったね」

「うん!!」

「あ!あの花火スイカみたい!!」

「お、じゃああれは土星かな?」

いよいよクライマックスに突入しました。

大輪の花火が夜空を彩ります。

最後の一発が決まると、辺りは拍手喝采に包まれました。

「おわったね」

「終わりだね、帰ろっか」

「…メル帰りたくない」

「ん?どうして?」

「帰ったらお祭りがおわっちゃうから」

「そんなこと言ったってねぇ…」

「帰りたくない…」

「また来年も来ようね」

「約束だよ?」

「ん、絶対ね」

「じゃあ、指切りしよっか?」

「する!」

「いくよ…指切りげんまん…」

メルちゃんは帰ると、絵日記を書いてすぐ寝てしまいました。

「もう、お風呂入ってないのに…」

「ん、なんだこれ?」

「…絵日記?そういやメルちゃん絵日記付けてたな」

「どれ、今日のページは…と」



◯月△日

天気:はれ

今日は夏まつりに行った。

色んなやたいが出ていて人がたくさんいた。

わたがしとイカやきを買ってもらった。

いっしょにはんぶんこして食べたらおいしかった。

夜になると花火がはじまった。

光と音で、とってもこうふんした。

来年もまた行くってやくそくしたよ。

ぜったい行こうね。



「…」

「この子、どんな夢見てるのかな」

「嘘ついたら針千本、か」

「来年も行くって約束したね」

「絶対、行こうね」

メルちゃんの手をやさしく握って、部屋を後にしました。

おしまい

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