はじめにお読み下さい。
土曜日の昼下り。
お出かけする予定でしたが天気予報が外れてしまいました。
外は大雨、メルちゃんは大泣き…ではありませんが、しょんぼりしています。
「メルおでかけしたかった」
「しょうがないよ…外れることだってあるし」
「…」
メルちゃんはとぼとぼ歩いてお部屋に入りました。
お姉ちゃんは悪くありませんが、ちょっとだけ罪悪感を感じているようです。
「なんか…ごめん」
「って、私のせいじゃないんだけど」
「はぁ…メルちゃんが悲しんでるのなんて見たくないよぉ」
「…部屋の片付けでもするか」
お姉ちゃんは自室に戻ると早速、マスクをしてクローゼットを開けました。
服やら靴やら、いろんなものが乱雑に詰め込まれています。
ちょっと雑な性格が現れているのでしょうか。
「さーて、と」
「要らないものを捨てましょう」
「…全部出すと大変なことになるから、今日はここだけ」
クローゼットの下の収納ケースを引き出しました。
フタを開けると防虫剤のにおいがしました。
「…あ、これ期限切れじゃん」
「すぐ交換マークが出るんだよねぇコレ」
「半年なんて絶対嘘だよ」
「…」
ぶつぶつ独り言を言いながら整理してきます。
「紙袋なんてとってても使わないや」
「これは…なんかの景品かね」
「いらないいらない、捨てちゃえ」
「…あ!!これこんなところにあったのか」
「この前買ったばっかりなのに!!もう~」
30分後…
「ふぅ、こんなもんかね」
「…なんというか、ゴミだらけだな」
「収納ケースまだいっぱいあるんだけど…」
「えぇ~やだよぉ…また今度ね」
ゴミ袋に不要なものを詰め込んで固く結びました。
玄関に置きに行くついでにメルちゃんの様子を見ることに。
「メルちゃーん」
「入るよ?」
ドアをそっと開けると、机に向かって何かをしています。
お姉ちゃんが入ってきたのに気づいてないようです。
「(お、驚かせちゃおっと)」
抜き足差しで近づいて…
「わっ!!」
「わぁ!!」
メルちゃんがビクッとしてお姉ちゃんのほうを振り向きました。
目が丸くなっています。
「あはは、驚いた?」
「…あ!!」
「ん?」
「み、みないで!!」
メルちゃんは机の上に広げていた紙を裏返しました。
何やら絵のようなものが描いてあります。
「あれ~?それなあに?」
「なんでもないもん!!」
「お姉ちゃんに隠し事かなぁ」
「ちがうもん!!」
「ふーん…」
お姉ちゃんは楽しくなってきました。
「あれだよね、お姉ちゃん知ってるよ」
「な、なに…」
「お勉強してたんだよね?」
「そっ、そうだよ!!」
「だよね、メルちゃんおりこうさんだからね~」
「あっちいって!!」
「え~、お勉強してるとこ見たいなぁ」
「だめ!!!!」
メルちゃんをからかうのが大好きなお姉ちゃんです。
「どうして?」
「えっ、えっとね、あのね、そのね…」
メルちゃんが握っているのは黄色の色鉛筆です。
どう考えてもお勉強に使う色ではありません。
「お姉ちゃんに秘密で良い点取ろうとしてたんだよね」
「…そ、そうだもん!!」
「そっかあ、お姉ちゃん嬉しいな~」
「だからあっち行って!!」
「はいはい、分かりました」
お姉ちゃんが出ていきました。
メルちゃんはふぅっと息を吐きました。
「見られるところだった…」
「メルの描いたまんが見たら絶対笑われるもん」
「…あ」
メルちゃんは色鉛筆セットの黄緑色が無くなりそうなのを思い出しました。
描けないことはありませんが、ちびて持ちにくくなっています。
「お姉ちゃん買ってくれるかなぁ」
「でも…『なんでお勉強に黄緑色のえんぴつ使ってるの?』って言われるかも…」
「うーん…」
メルちゃんはとりあえず、お姉ちゃんの部屋に向かいました。
「お姉ちゃん、はいってもいい?」
「…いいよ~」
ガチャッとドアを開けると、お姉ちゃんはベッドに寝転がってスマホをしていました。
「どうしたの?」
「あのね、えっとね、買ってほしいものがあるの」
「ふーん、何買ってほしいの?」
「色えんぴつ…」
お姉ちゃんはちょっと笑ってしまいました。
さっきメルちゃんが握っていたのが色鉛筆だったのを知っています。
どうせ絵でも描いてたんだろうな、そう思うと面白くてたまりません。
「色鉛筆?」
「…うん」
「あれ~?メルちゃんもしかしてお勉強じゃなくてお絵かきしてたのかな?」
「!!」
メルちゃんはドキッとしました。
図星すぎて何も言い返せません。
「え、えっと…」
「ん~?」
「…」
メルちゃんはうつむいてしまいました。
「…おえかきしてた」
「そっか」
「…お姉ちゃん買ってくれないよね」
メルちゃんがお姉ちゃんの目を見ました。
とても悲しそうな目をしています。
一方のお姉ちゃんは、メルちゃんが悲しむのなんて見たくありません。
「いいよ」
「…え」
「可愛いメルちゃんの頼みだから…特別に買ってあげまーす」
「せっかくだから、他の色の色鉛筆のセットも買ってあげようかな?」
「や…やったぁ!!」
「その代わり、さっき何描いてたか教えてほしいな」
「え」
メルちゃんは考え込みました。
恥ずかしいのと引き換えに色鉛筆セットを買ってもらうか。
それとも、何も買ってもらえずに終わるのか。
「…で、どうする?」
「…買ってほしい」
「分かった」
「じゃあ…見せてほしいな」
「…」
「…なーんて、ね」
「見ないよ、買ってあげるからね」
「え」
「お絵かきしてたんだよね、見ないから大丈夫」
「私だって、日記を見られるのイヤだもん」
「からかってごめんね」
メルちゃんはふくれっ面をしました。
「お姉ちゃんのいじわる!!」
「あはは、ごめんごめん」
「メルちゃん可愛いからつい…」
お姉ちゃんはメルちゃんの頭をなでました。
「…買ってくれるの?」
「いいよ、今度一緒に文房具屋さんに行こっか」
「うん!!」
翌日。
曇り空ですが、雨は降りそうにありません。
二人はリリに教えてもらったおすすめの文房具屋に向かいました。
店内は広めで、どこか懐かしいような独特なにおいがしています。
「こんにちは、色鉛筆はどこにありますか?」
「あの角っこのエリアです…階段の近くの」
「ありがとうございます」
早速向かうと、メルちゃんが目を輝かせました。
「すごい!いっぱいある!!」
「えーっと、何色だったっけ?」
「えっとね、黄緑色だよ」
「これでいいかな、あと…そうそう、新しいセットだったな」
「本当に買ってくれるの?」
「お姉ちゃん嘘なんてつかないよ…好きなの選んでね」
メルちゃんはまじまじと色鉛筆セットを眺めています。
和をモチーフにした9色セットやモノクロ画を想定した8本セットなど、色々なものが置いてあります。
メルちゃんの届かない箇所に置いてあるものはお姉ちゃんがだっこして見せてあげました。
そして…
「きめた!!」
「お、どれにする?」
「これ」
メルちゃんが指さしたのは『幻想の虹7色セット』でした。
虹、と言っても原色系ではなく淡い色合いのものが揃っています。
「いいね、お姉ちゃんもこれ好きかも」
「ねえねえ、ほんとに買ってくれるの…?」
「買ってあげまーす」
「その代わり…一緒にお絵かきしたいな」
「メルと?」
「うん」
「いいよ!!」
黄緑色の色鉛筆一本と先程の7色セットをレジに持っていくと、店員さんが何かを差し出しました。
「はい、これどうぞ」
お姉ちゃんが受け取ったのは何かが入った小包です。
「いいんですか?」
「うふふ、子供さんだけにサービスです」
「メル子供じゃ…」
「ありがとうございます!」
メルちゃんが不機嫌そうにしてますが、そんなのお構いなしです。
会計を済ませて店を出ました。
「じゃ、帰ろっか」
「…メル子供じゃないもん」
「でもこれ貰えたよ?」
メルちゃんにさっきの小包を渡しました。
「いらないもん」
「へぇ、じゃあお姉ちゃんが貰うよ?」
がさがさと小包を開けると、中にはピンク色をした練り消しが入っていました。
ちょうどメルちゃんの通う小学校で流行っているものです。
「あ、練り消しだよ」
「え!!」
「お姉ちゃん貰っていいのかな?」
「だ、だめ!!」
「ふふ、メルちゃん前から欲しがってたよね、どうぞ」
メルちゃんは練り消しを大切そうにポケットに入れました。
「じゃ、帰ろっか」
「うん!!」
家に付くと早速、お絵かきが始まりました。
「ねえ、二人で一緒に描かない?」
「描く!!」
「じゃ、画用紙…あった」
仲良し二人のお絵描きスタートです。
「ねえねえ、メルが虹を描きたい!!」
「え~、いいとこ取りじゃん」
「メルが描くの!!」
「しょうがないなぁ、じゃあお姉ちゃんは雲を描こうかな」
初めに雲を描いてから、最後にメルちゃんに虹を描いてもらうことに。
お姉ちゃんは真剣に雲を描き始めました。
一方のメルちゃんはさっき貰った練り消しを伸ばして遊んでいます。
「…なかなか難しいね、雲って」
「ここはこうして…いや、こうかな」
「ちょっと水色混ぜて…完成!!」
「メルちゃん、出来たよ」
「…メルちゃん?」
メルちゃんは練り消しをハサミで刻んで遊んでいました。
ものすごく楽しそうです。
「もう、メルちゃん?」
「お絵描きやめるの?」
「あ!描くからまって!!」
メルちゃんは買ってもらった色鉛筆セットを出しました。
どれも削りたての新品で、メルちゃんはちょっと興奮気味です。
「メルが描くから、お姉ちゃんはこれで遊んでて!!」
メルちゃんから練り消しを手渡されました。
「遊ぶって…」
「お絵描きかいし!!」
メルちゃんは打って変わって真剣な眼差しでお絵描きしています。
お姉ちゃんは邪魔しないことにしました。
しばらくして…
「できた!!」
「お姉ちゃん、できたよ!!」
「…お姉ちゃん?」
見ると、お姉ちゃんは練り消しを平たくして遊んでいました。
「お姉ちゃんも練り消しで遊ぶの好きなんだね!!」
「あ、これはその…」
「あとで半分あげるね!」
「あ、ありがと…」
お姉ちゃんは練り消しを机に置くと、メルちゃんの描いた虹を見ました。
「…」
「ねえねえ、上手に描けたかな?」
お姉ちゃんは何か違和感を感じました。
「…虹ってこんなんだっけ?」
「え?」
「なんか順番が違うような…」
「そ、そんなことないもん」
スマホで調べてみることに。
『虹 色 順番』で検索すると…
「あ、やっぱり」
「メルちゃん、これ色が逆になってる」
「…えっ」
メルちゃんがお姉ちゃんのスマホを覗き込むと、確かに描いた虹は色が逆になっていました。
「メル…しっぱいしたの?」
とたんにメルちゃんはしょんぼりしてしまいました。
「…ごめんなさい」
「メルちゃん」
「…お姉ちゃんおこる?」
「怒るわけないじゃん」
「だって、お姉ちゃんがせっかく上手にくもを描いてくれたのに…」
お姉ちゃんはスマホを置きました。
「ふふ、これはね…お姉ちゃんとメルちゃんだけの虹だよ」
「でも、ぎゃくになってるもん」
「違うよ、世界に一つだけの虹だよ」
メルちゃんはお姉ちゃんの顔を見つめました。
「怒らないの?」
「怒らないって…二人でお絵描きして楽しかったよ」
「メルちゃんは?」
「…メルも楽しかった」
「じゃあ、いいじゃん」
お姉ちゃんは画鋲を持ってきて、コルクボードに画用紙を貼り付けました。
「えへへ、お姉ちゃん嬉しいな」
「うれしいの?」
「メルちゃんとの思い出の絵だよ」
「…えへへ、メルもうれしくなってきたかも」
「タイトル考えよっか」
「えっとね、メルが考える!!」
メルちゃんは画用紙をじーっと見つめました。
そして…
「きめた!!」
「お、何になったかな~?」
「タイトルはね、『さかだちしてね』だよ」
「…くすっ、何それ」
「逆から見たら合ってるから、さかだちしたらいいの」
「なるほど、いいタイトルかも…」
「でしょでしょ、うれしいな~」
しばらくして、メルちゃんがあくびをしました。
「あれ、眠くなった?」
「お昼寝したい…ふあぁ」
「いいよ、毛布持って来るね」
メルちゃんの部屋からお気に入りの毛布を持ってきました。
戻ってくると、メルちゃんはすやすや夢の中です。
「かわいい寝顔だこと」
「はい、風邪引かないでね」
毛布を優しく掛けると、さっき書いた虹を見ました。
雲ははっきりと描かれていますが、肝心の虹はちょっとぐちゃぐちゃで色が逆です。
「あはは、メルちゃんらしくてこの絵好きだな」
「リリにも見せなきゃ」
お姉ちゃんはメルちゃんが机の上に散らかしたままの色鉛筆を片付けました。
ふと外を見ると小雨が降っていました。
天気予報によると、この後は晴れマークになっています。
「虹、出るといいな」
「…」
「メルちゃん、今度は一緒に虹を描こうね」
寝ていたメルちゃんがふと、微笑んだ気がしました。
おしまい
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