はじめにお読み下さい。
今日は土曜日。
待ちに待ったお休みの日なのに、メルちゃんはなぜかものすごく不機嫌そうな顔をしています。
前日、こんな会話をしていました。
「ね、メルちゃん」
「んー?」
「言うの忘れてたんだけどさ」
「?」
「お姉ちゃん…日曜日の夕方まで家にいないから」
「…え?」
「えって言われても…学校で色々あってね」
「えっ、えっ」
「だってメルと一緒にお出かけするって言ってたのに」
「…!!」
お姉ちゃんはメルちゃんとの約束を完全に忘れていました。
どうやらメルちゃんはとても楽しみにしていたようです。
「…もしかして忘れてたの?」
メルちゃんはものすごく不機嫌そうな顔をしています。
「そ、そんなことないよ」
「うそだ!!」
「じゃあどこに行くってお話してたか覚えてる?」
「あそこでしょ?水族館でしょ」
「ちがうもん!!」
「お勉強頑張ったからリボン買ってくれるって約束してたの!!」
お姉ちゃんはハッとしました。
学校の授業が忙しすぎて忘れていたのです。
メルちゃんは今にも泣きそうです。
「ご、ごめんねメルちゃん」
「来週の土曜日に行こうね、絶対だからね」
「やだ!!あしたがいいの!!」
ひどく可哀想なメルちゃんです。
「もう寝る!!」
「お姉ちゃんなんてだいきらい!!」
「あ!ちょっと!!」
メルちゃんはそのままふて寝してしまいました。
一方のお姉ちゃんは困り果てています。
どう見ても悪いのはお姉ちゃんの方です。
「…どうするかねぇ」
その時、スマホの通知音が聞こえました。
「?」
『ねえねえ、明日遊ぼうよ』
お姉ちゃんの唯一のお友達のリリからでした。
『明日忙しいんだよね』
『何かあるの?』
『学校の…説明するの面倒だからいいや』
『あ、もしかして彼氏が出来たとか!?』
『そんなわけないっしょ』
『ふぅん』
『そうだ、明日明後日メルちゃんの相手してくれない?』
『え!いいの!?』
リリはメルちゃんのことが大好きです。
一方のメルちゃんも、リリのことが大好きです。
リリのとこに行かせればメルちゃんの機嫌が直るかな、そう思ったのです。
『そのかわり、機嫌が悪いかも』
『不機嫌なメルちゃんも大好きだよ~』
『そうですか、それはどうも…』
『何時に行けばいいの?』
『朝…9時ぐらいかな』
『了解~』
…というわけで、メルちゃんは不機嫌度MAXなのです。
メルちゃんがお部屋から出ると、お姉ちゃんが出る支度をしていました。
「あ」
「…もう行くの?」
普段より何オクターブも低い声で言います。
よほど機嫌が悪いのでしょう。
お姉ちゃんは不安になってきました。
「メルちゃんごめんね、お姉ちゃんが悪かったね」
「…」
「あ、あのね」
「…」
「今日ね、リリのとこに行ってもらうから」
リリ、と聞いて一瞬メルちゃんの顔が明るくなりました。
「リリ?」
「そう」
「…」
お姉ちゃんはドキドキしてきました。
メルちゃんの機嫌を取るのは大変なのです。
すると…
「やった!!」
メルちゃんはとたんに表情を変えました。
「ねえねえ、本当なの?」
「いつ来るの?今?」
「えっ、えっとね…」
子供は単純だなぁ、と思ったのは秘密です。
「お姉ちゃん明日の夕方に戻るから…リリのとこに一日お泊りしてもらうの」
「うんうん」
「もうすぐ来るはずだから…メルちゃん準備してくれる?」
「わかった!!」
メルちゃんはとても嬉しそうにお部屋に行きました。
以前リリのところに一日泊まった際に、とても良くしてくれたのを覚えているのです。
※以下のエントリ参照
というわけで、メルちゃんは不機嫌から一転してご機嫌なのです。
「えーっと、何を持っていこうかなぁ」
「この前拾った鳥の羽、とってもきれいだから見てもらいたいなあ」
「テストで100点取ったからこれも!」
「あとは…ごそごそごそ」
しばらくしてメルちゃんがお部屋から出てきました。
子供の一泊にしては荷物が多い気がします。
「…なんか荷物多くない?」
「そんなことないもん」
「ま、いいか…」
「あ、そろそろ時間だよ」
二人が家を出ると、ちょうどリリが歩いてくるのが見えました。
「ほら、リリだよ」
「…あ、ちょっと!!」
メルちゃんは荷物を置いてリリのところに走っていきました。
よほど嬉しかったのでしょう。
「メルちゃん久しぶりだね」
「リリだ!!」
「ねえねえ、抱っこして!!」
「良いよ…はい」
「あれ、メルちゃんもしかして重くなった?」
「え」
「なーんて、嘘だよ」
「もう!!」
メルちゃんのテンションが上がりまくっています。
その様子を見てお姉ちゃんは一安心です。
「ごめんねリリ、メルちゃんのこと頼むよ」
「全然オッケーだよ~」
お姉ちゃんと分かれると、メルちゃんはリリを見つめました。
「…どうしたの?」
「メルね、リリに見てもらいたいものたっくさん持ってきたの!!」
「へぇ、そうなんだ」
「…この前より大荷物なのって、そういうことかぁ」
「とりあえず私の家に行こっか」
「うん!!」
二人はリリの家に向かいました。
「メルちゃん、寒いね」
「そんなことないよ?」
季節は冬です。
昨日の晩に雪が降って、あちこちにうっすら雪が積もっています。
白い息を吐いているメルちゃんを見て言いました。
「…メルちゃん、マフラーしててとっても可愛いなぁ」
「リリのマフラーもかわいいよ?」
「もう、メルちゃんったら!」
のほほんとした会話をしているうちに、二人はリリの家に着きました。
「はい、狭いけどゆっくりしていってね」
「よいしょ!!」
メルちゃんは持っていた荷物をベッドの上に置きました。
掃除をしていないのか、ホコリが舞いました。
「メルちゃんが来るのに、掃除するの忘れてた」
リリもお姉ちゃん同様、割と適当な性格なのでしょうか。
メルちゃんが何やら荷物をごそごそしています。
「ん、メルちゃんどうしたの?」
「リリに見てほしいものがあるの!!」
「お、そういえばそんなこと言ってたね~」
メルちゃんが初めに取り出したのは鳥の羽根です。
まだら模様になっていて、角度を変えるとぎらっと不思議な色を見せています。
「わ、すごーい!」
「どこで見つけたの?」
「これはね、いつも遊んでる公園で見つけたの!!」
「そうなんだ、何の鳥なんだろうね?」
「でね、次はね…」
よほどリリに見てもらいたいものが多いのか、メルちゃんは興奮気味です。
「これ!!」
「…テスト?」
「メルね、この前100点取ったんだよ!!」
「お~、メルちゃんお勉強頑張ったんだね~」
「えへへ、すごいでしょ!ほめてほめて!!」
「うんうん、メルちゃんすごいね」
「次はね…ごそごそ」
しばらくして、メルちゃんの見てもらいたいもの展覧会が終わりました。
どこで見つけてきたか分からない貝殻、ヘンな形の松ぼっくり、穴の空いたどんぐり…
大人からするとなんでもないのに、子供には何でも輝いて見えるのです。
「メルちゃんありがとうね、たくさん見せてくれて」
「また今度来たらもっといっぱい見せてあげるね!!」
「まだあるんだ?」
「そうだよ、楽しみにしててね!!」
「えへへ、分かったよ~」
気がつくと午後一時になっていました。
お腹が空いた二人はパン屋さんに行くことにしました。
リリがよく行くお店で、フレンチトーストが大人気です。
「はい、着いたよ~」
お店に入るとすぐ、焼き立てパンのいい香りがしました。
買ったのはもちろん、店自慢のフレンチトーストです。
せっかくなので、店内の飲食コーナーで食べていくことにしました。
「メルちゃん、飲み物どれがいい?」
「ホットミルク!!」
「くすっ、私もそれにしよっかな?」
フレンチトーストをもぐもぐしているメルちゃんを見て言いました。
「ね、美味しい?」
「もぐもぐ…」
「美味しいってことかな、うふふ…」
メルちゃんの笑顔を見ているとリリも自然と笑顔になりました。
もしかすると、メルちゃんの笑顔には何か不思議な力があるのでしょうか。
ホットミルクを飲み終えた二人は店を出ました。
店内にいると全く気が付かなかったのですが、雪がちらちらと降っています。
リリはメルちゃんのマフラーを巻き直してあげました。
「ね、メルちゃん…雪だよ」
「リリは雨と雪どっちか好き?」
「どっち…うーん、両方嫌いかも…」
「きらいなの?」
「だって、雨は濡れるし雪は滑るし…」
メルちゃんが不思議そうな顔をしています。
一方のリリも、メルちゃんの顔を見て不思議そうな顔をしています。
「メルはね、雨も雪もだいすきなんだよ」
「へぇ、どうして?」
「雨の日はお気に入りのかさをさしてお出かけできるし」
「雪の日はメルが歩いてつけた足あとを見るのがすきなの」
「ふぅん、なんだかメルちゃんらしさ全開だね」
「メルちゃんらしさってなあに?」
「なんというか、元気いっぱいって感じ」
「リリは元気いっぱいじゃないの?」
「え~、もう大人になって元気じゃなくなったかも…」
「じゃあメルの元気を分けてあげるね!!」
「わ、嬉しいな~」
しばらくすると吹雪いてきました。
雪が大好きなメルちゃんとはいえ、さすがに寒くなってきたようです。
二人は急いでリリの家に向かいました。
「はい、到着!!」
「さむい…」
「あはは、暖かくしようね」
ストーブを付けると、メルちゃんは手を温めました。
リリもなんとなくメルちゃんのマネをしました。
「…あ、そうだ」
「なあに?」
「お絵かきする?」
「する!!」
以前泊まらせてもらった際に、メルちゃんと一緒にお絵かきをしていました。
普段色鉛筆は使わないので、引き出しの奥底にしまってあります。
「えーっと、どこだったっけなぁ…」
「画用紙はあるんだけど」
「…あった!!」
リリが色鉛筆セットを持ってくると、メルちゃんは嬉しそうな顔をしました。
「はい、どうぞ…色鉛筆使うの久しぶりだなぁ」
「なに描こうかな~」
「メルちゃんピンク色ばっかり使うから、一本だけ短いね」
「だめ?」
「ううん、メルちゃんの好きなように描いてほしいな」
「ねえねえ、描いてほしいものある?」
「え、何か描いてくれるの?」
「うん!!」
リリは窓の外を見て言いました。
「んー、じゃあ『雪』を描いてほしいな」
「わかった!!」
メルちゃんが画用紙に向かいました。
持っているのはもちろんピンクの色鉛筆です。
ピンク色でどうやって雪を描くのでしょうか。
「メルちゃん真剣だなぁ」
「コーヒーでも飲んで待ってよっと」
相変わらずリリの家にはへんてこなものがたくさん置かれています。
この前メルちゃんが来たときと比べてさらに怪しいグッズが増えています。
真っ白な地球儀とか、鈍い赤色をした砂とか…
深夜に黒魔術でもしているのでしょうか。
「できた!!」
「お、見せてくれるかな?」
「じゃーん!!」
「…」
すごーい、と言いかけてリリは口をつぐみました。
メルちゃんが描いていたのはなんと、ピンク色の雪の結晶です。
リリの頭の中で、雪の結晶は青とか水色のイメージでした。
どうやら衝撃を受けたようです。
「…どうしたの?」
「あ、えっと…何を描いてくれたのかな?」
「雪のけっしょうだよ!!」
何やら考え事をしている様子のリリを見て、メルちゃんが言いました。
「…もしかして、へたくそだった?」
「ち、ちがうよ!!」
「だって、ほめてくれないんだもん…」
「あのね、私ね…ピンク色の雪の結晶って初めて見たの」
「うんうん」
「ちなみに、どうしてピンク色にしたのかな」
「どうして、って…ピンク色が好きだからだよ?」
「…そっか」
「メルちゃん」
「なあに?」
「…ずっとそのままで居てほしいな」
「?」
メルちゃんはきょとんとしています。
子供の描いた絵ほど楽しさとか喜びが溢れているものはありません。
その感性のまま居てほしいな…そう思ったのです。
「ねえ、もっと描いてもいい?」
「えへへ、もちろんだよ」
「私も何か描こうかな?」
「あ、リリも描いて!!」
「ん、雪…かな?」
「リリお絵描きじょうずだから、メルよりじょうずに描けるよね」
「あはは、そんなに上手じゃないけど…描いてみるね」
美大に通っているリリです。
リリの描いた雪の結晶は本物さながらです。
メルちゃんは大喜びです。
「やっぱりリリはじょうずだな~」
「メルちゃんもね」
しばらく二人はお絵描きに励みました。
メルちゃんがずっと握っているのは、もちろんピンク色の色鉛筆です。
ピンク色だけで、いろんなものが描き出されていきます。
「…あ」
「ん、どうしたの?」
「折れちゃった」
「うーん…もうさすがに描けないかなぁ」
「メルもっとお絵描きしたいのに…」
「今度買っておくから、また来たら一緒にお絵描きしようね」
「うん!!」
気がつくとあっという間に寝る時間です。
この前みたいに、同じベッドに二人で寝ることにしました。
「メルちゃん、前来た時のこと覚えてる?」
「?」
「お姉ちゃんが良いって言って泣いてたの」
「な、泣いてないもん!!」
「うふふ、今日は大丈夫みたいだね」
「だってお姉ちゃんひどいんだよ?」
「メルとのやくそく破ったんだもん」
「…でもね」
「…でも?」
「メルね、お姉ちゃんのことだいすきなの」
「そっか、聞いたらきっとお姉ちゃん喜ぶだろうなぁ」
お話していると、メルちゃんが眠たそうな目をしてきました。
子供はもう寝る時間です。
「メルちゃん、寒くない?」
「ねむい…」
「くすっ、寝る時間だもんね」
「じゃ、メルちゃん…おやすみ」
「おやすみ…」
メルちゃんがリリにくっついてきました。
リリはメルちゃんを優しく抱きしめました。
ふわふわでとってもいい匂いがしています。
気がつくとリリも眠りに就いていました。
翌朝。
メルちゃんを送り届けてからリリは自宅に帰りました。
机の上には画用紙と色鉛筆セットが出しっぱなしになっています。
「メルちゃん可愛かったなぁ」
「また来てくれないかな~」
「…そうだ」
短くなって持ちにくいピンク色の色鉛筆で、リリは雪の結晶を描いてみました。
「メルちゃんなんでもピンク色で描いてたよね」
「…今度買っとかなくちゃ」
『色鉛筆 ピンク色』
メモ帳にピンク色の文字で書くと、ポケットにしまいました。
ある冬の日のことでした。
おしまい
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