【小説】線香花火

はじめにお読み下さい。



夏の終わり。
気温が下がってきて少し肌寒い時があるくらいです。
気がつくとセミの鳴き声は消え、代わりにどこかから秋の虫の鳴き声が聞こえてきます。

「ふあぁ…メル寝る…」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい…」

メルちゃんが寝ると、お姉ちゃんはスマホをチェックしました。
すると、一件の通知が。
お姉ちゃんの親友であるリリからの連絡でした。

「こんな時間になんだ…?」

『ねえねえ、花火しない?』

「花火ぃ…」

ふと、メルちゃんに浴衣を着せてあげて一緒に夏祭りに行ったのを思い出しました。
夜空を彩る大輪の花火を見て、メルちゃんは大興奮していました。

『花火なら夏休みにメルちゃんと見に行ったんだけど』
『ちがうよ、おもちゃ売り場とかで売ってるやつ』
『手で持つやつかぁ』
『私が買うからさ、みんなでやろうよ』
『メルちゃんドジだからやけどしたらどうするのさ』
『私が見てるから大丈夫だよ、ねえねえ良いでしょ?』

リリに押されてお姉ちゃんは渋々承諾しました。

「…寝よ」

日曜日になりました。
メルちゃんは花火のことを何も知りません。
二人が夜ご飯を食べ終えると、ドアのチャイムが鳴りました。

「え!!」

メルちゃんはお姉ちゃんの後ろに隠れてしがみついています。

「あ、いたいた」
「やっほー、メルちゃん元気にしてた?」
「…リリ?」

メルちゃんの顔がぱぁっと明るくなりました。

「リリだ!!」

メルちゃんがリリの元に走っていくと、思い切りリリに抱きつきました。

「わ、メルちゃんどうしたの」
「ねえねえ、リリげんきだった?」
「何しに来たの?ゲームする?お風呂入る?一緒に寝る?」
「えっとね、今日は違うの」

メルちゃんはよほどリリのことが好きなようです。

「…」
「あ、羨ましそうな目」
「そんなことないし…」
「抱っこして!」
「はいはい…甘えん坊だね、メルちゃん」

メルちゃんを抱っこしてから言いました。

「メルちゃん、今日はね…みんなで花火しよっか」
「花火?」

メルちゃんはきょとんとしています。

「花火ならこの前お姉ちゃんと見たよ?」
「じゃなくて…手に持ってやる花火」
「…?」

メルちゃんは手持ち花火をしたことがありません。
というのも、お姉ちゃんが過保護気味で火遊びをさせないようにしているのです。

「おうちで花火が出来るの?」
「そうだよ…そろそろ降ろしても良い?」

メルちゃんを降ろしてから、持ってきた花火セットを見せました。

「じゃーん」
「…」
「あれ、どうしたの」
「これどうやって使うの?」
「メルちゃんやったこと無いんだよね、手持ちの花火」
「そっかぁ…だから反応が薄いんだ」
「開けてもいい?」
「ん、いいよ」

袋を開けると、メルちゃんは一本だけ手にとってみました。
しかし、カラフルな色をした棒にしか見えません。
ぶんぶん振り回してみましたが何も起きません。

「あはは、メルちゃん困ってる」
「ろうそくとライター用意してあるから…外に出よっか」
「そうだね」
「外に行くの?」
「室内でやると危ないからね」
「暗いの怖い…」
「みんな一緒だから大丈夫だよ」

メルちゃんはリリと手を繋いで外に出ました。
月が出ていないので辺りは真っ暗です。
お姉ちゃんはろうそくに火を付けました。
メルちゃんはまじまじと見つめています。

「私がやってもいい?」
「いいよ、メルちゃんも見ててね」
「なにするの?」

お姉ちゃんが花火を一本手に取り、火を付けました。
すると…

「わ!!」

オレンジ色の火花が飛び散り、辺りを明るく照らし出しました。
時間が立つにつれ、色が変化しています。
もちろん、メルちゃんは大興奮です。

「すごいすごい!!」
「じゃ、次は…メルちゃんもやろっか?」
「うん!!」
「…大丈夫かなあ」
「大丈夫だよ、メルちゃんいい子だからね

花火を一本渡しました。

「メルちゃん、花火は人とか物に向けたらダメだよ」
「うんうん」
「あ、振り回すのもダメね」
「約束守れるかな?」
「守る!!」
「いい子だね」
「じゃあ…火を付けてみてね」
「…リリ、ちゃんと見ててよ?」

「分かってまーす」

メルちゃんが火をつけると、今度はバチバチと変わった音を立てて燃え始めました。
艶やかな緑色の火花です。
メルちゃんは言いつけを守って動かさずにじっと見ています。
しばらくすると、燃え尽きました。

「メルちゃんどうだった?」
「もっとしたい!!」
「ねえねえ、お姉ちゃんなんで早くやらせてくれなかったの?」
「え?それは…メルちゃんやけどしちゃいそうだったから…」
「メル大丈夫だもん!!」

三人は仲良く花火をし始めました。
花火がどんどん減り、いよいよ最後の一本になりました。

「…あれれ、もうおしまい?」
「最後の一本、メルちゃんがやってもいいよ」
「うふふ、写真撮っても良い?」

銀色の火花が散ると、メルちゃんはリリのカメラに向かってにこっと笑いました。

「あ、メルちゃんかわいい~」
「こっちも向いてよ」

お姉ちゃんのカメラにもにこっと笑ったところで、花火が終わりました。

「…」
「終わったね」
「次は来年かな?」
「メルちゃんどうしたの?」

メルちゃんは悲しそうです。
あれほど楽しかった花火がもう終わってしまいました。

「メル…もっとやりたかった」
「ぬふふ…」
「何、その笑い方」
「じゃーん、メルちゃん…これ、なーんだ?」
「…あ!!」

リリは隠し持っていた線香花火を掲げました。
メルちゃんはとっても嬉しそうです。

「これね、線香花火っていうの」
「リリ、一回やってみせた方がいいかも」
「だね」
「メルちゃん見ててね」

リリがそおっと火をつけると、パチパチと音を立てながら燃えました。
メルちゃんはうっとりした様子でそれを見ています。

「これね、揺らすと火種が落ちちゃうから」
「手に持ったら動かしたらだめなんだよ」

メルちゃんはうなずきました。

「メルもやっていい?」
「はい、どうぞ」

メルちゃんが線香花火に火を付けると、パチパチと元気よく燃え始めました。
真剣な様子で花火をしているメルちゃんを見てお姉ちゃんが思わず笑ってしまいました。

「くすっ、メルちゃんお勉強もそれぐらい真面目にやってほしいのにな」
「あれ、メルちゃんもしかしてお勉強サボってるの?」
「リリ知らないの?メルちゃんこの前ね…」
「あ!だめ!!」

メルちゃんが慌てた様子で言うと、火種が落ちてしまいました。

「メルちゃん動かすから落ちちゃった」
「…あ」
「大丈夫だよ、まだいっぱいあるからね」
「次は動かさないもん」

お姉ちゃんとリリも線香花火をし始めました。
今日は風が吹いていないので線香花火をするにはもってこいの日です。
夢中で線香花火をしていると、いよいよラスト3本になりました。

「…ね、私いいこと思いついちゃった」
「リリのことだからどうせ勝負しようとかそんなのでしょ」
「あ、なんで分かったの…」
「なんとなく」
「勝負するの?メル負けないもん!!」
「えへへ、メルちゃんが勝ったら…そうだなあ」
「何でも好きなもの買ってあげるね」
「ちょ、ちょっと…甘やかし過ぎだって」
「やった!!リリ大好き!!」

お姉ちゃんが呆れた様子でリリを睨んでいます。
一方のリリは嬉しそうです。

「ルールはね、一番長く線香花火を続けた人の勝ちだよ」
「風が吹いていないから丁度いいね」
「メル知ってるよ、絶対勝つ方法」
「お、学校で習ったのかなあ?」
「そんなバカな」
「はやくしようよ!」

用意スタートの合図で三人は一斉に火を付けました。
しばらくすると、メルちゃんが線香花火を振り回し始めました。
もちろん、火種が落ちてメルちゃんの負けです。

「ちょっとメルちゃんどうしたの?」
「何してるんだか…最後の一本なのに」
「あれれ…?」
「…あ、落ちちゃった」
「やった!私の勝ちぃ!」

リリが一番、お姉ちゃんが二番でメルちゃんは三番です。
メルちゃんはとっても悲しそうです。

「メルね、初めにお姉ちゃんが言ってたの覚えてるんだよ」
「…なんて言ったっけ」
「『振り回したりしたらダメだよ』って言ったの」
「あぁ、まあ…花火だからね」
「お姉ちゃんいじわるだから嘘ついたと思ったの」
「何言ってるんだか…」
「…で、メルちゃん負けちゃったね」
「好きなもの買ってもらえないの?」
「約束だからね…」

しょんぼりしているメルちゃんを見て、リリも思わずしょんぼりしてしまいました。

「ちょっといい?」
「どうしたのリリ」
「メルちゃんに買ってあげても良い?」
「え~?甘やかし過ぎだってば」
「だって…」

悲しそうなリリを見てお姉ちゃんはしょうがなくOKを出しました。

「メルちゃん」
「…なに」
「今日は上手に花火が出来たから…ご褒美に何か買ってあげる」
「え!」
「特別だからね、今日だけだよ?」
「…で、何が欲しいかな?」
「えっとね、花火!!」
「って言うと思ったよ、うふふ」

お姉ちゃんは笑っています。

「でもねメルちゃん、もう季節終わりで売ってないんだよね」
「…え」
「他のものでもいいかな?」
「…じゃあ、リリに遊びに来てもらえる券が欲しい!」
「なんだそりゃ」
「もう~、メルちゃん可愛いんだから!!」

リリはメルちゃんを思い切り抱きしめました。
メルちゃんもとっても嬉しそうです。

「また来るからね、欲しい物考えておいてね」
「わかった!!」
「じゃあね、メルちゃん…また遊ぼうね」
「また来てね!!」
「暗いから気をつけてよね」

リリが帰ると、二人は火消しのバケツを見つめました。

「…メルちゃん」
「また来年もやろうね」
「うん!!」

おしまい

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