【小説】無題2

※この作文は2020年7月12日に記録されていたものです。
面白かったので小説カテゴリに載せておきます。




私は暇に耐えかね、適当に着替えて外に飛び出した。
ぽかぽかとした陽気な日差しの中、向かうのは決まってあの山だ。
大げさに高くない山なうえ、遊歩道が整備されているから散歩にはうってつけなのだ。
といっても、だーれも歩いてないんだけど。

履き慣れた靴で、山道をどんどん登っていく。
無心で登り続けると、やがて頂上にたどり着いた。
この日は天気が良く、しかも昨日は雨だったから空気が済んでる。
そのおかげで、遠くの山までくっきりはっきりと見えた。
さらに、空には雲ひとつないときた。

「んー」

思いっきり伸びをして、息を吐き出した。
ちょっとだけ汗をかいたけど、逆にそのおかげでそよ風が気持ちいい。
一息つこうと、ぽつりと置かれたベンチに座る。

この景色を見るのはもう何回目だろうか。
そんなことはどうでもいい。
何回も見ているということは、私はここが大好だというなによりの証拠である。
特に何も考えずに、ぼーっと遠くを眺める。

いつも何気なく暮らしている街も、こうして高いところから見下ろすと変わった様相を見せる。
不思議だよね。
ちょっとだけ高いところに登ると、とたんに景色が良くなるんだもん。
道路、雑居ビル、ガソリンスタンド、マンション。
まるでミニチュアのように思える。
指で摘んで、動かせそう。

この街に人が大勢住んでいて、その人それぞれにドラマがある。
例えばあのマンション。
10階建てで、きっと何百人も住んでるんだろうな。
みんな今何をしているのだろう。
どんな部屋なんだろう。
なーんてどうでもいいことに思いを馳せたりしてさ。
こんなこと考えてると、私の悩みなんてちっぽけでどうでもいいことなんだなって思えてくる。

空を見上げると、うっすら半月が見えた。
昼間に月が見えるのって不思議だよね。
なんでだろ。
あくびをして、ベンチに寝そべる。

「……」

この青空、夜になると満天の星空が拝めるのだ。
そんなこと言ってるくせに、私は宇宙について知識が全く無い。
一番眩しいのが金星ということは知ってる。
…あってるよね。
他の星は知ーらない。
でも、いろんな星が見えて楽しい。
目を凝らすと赤く瞬いているように見える星や、逆にぎらぎらと輝いている星もある。
そんな星空を見るたびに、「ここからどれだけ離れてるんだろ」って思うんだ。

100光年、とかいうよね。
それってどのくらい離れてるのかな。
光は1秒で地球を8周するんだったっけ?
じゃあ1時間で、1日で、1ヶ月で、……1年で
それが1光年か。
うん、きっと気が遠くなるほど遠いんだね。

ぼそぼそと頭の中で考えているうちに、気がつくと私は寝ていた。

「……!」

飛び起きて、あたりを見回す。
幸い、頂上には私しかいなかった。
こんなところで寝てる姿、恥ずかしすぎて見られたら死んじゃうよ。
どんな寝顔してるか分かったもんじゃないし。
そもそも自分の寝顔を知る手段がないし。

時計を見ると午後3時15分だった。
ここはもう満喫したので帰ることにした。
帰り際にいつも見えるのが、この名無し地蔵。
誰がどんな目的で設置したのか分からないけど、ここに鎮座している。
苔がむして雨風に晒されて、それでもずっとここにいるんだね。
何人もの登山客の安全を願って。
そんな気がした。

「また来るね」

心の中でそう言って、帰路に着いた。

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