はじめにお読み下さい。
「皆さん、将来なりたい職業は何ですか?」
「教えてくれる人は、手を上げてくださーい」
クラスのみんなが一斉に手を上げました。
「えっとね、飛行機のパイロット!」
「僕はお医者さん!」
「私は…アニメを作る人!」
一方、メルちゃんは黙って考え込んでいます。
「め…メルのなりたい職業って?」
「なんだろう…思いつかないよう」
「みんなはどうしてなりたい職業があるんだろう?」
「うーん…」
先生が言いました。
「はい、皆さんありがとうございました」
「来週は、職業体験に行ってもらおうと思います」
「じゃあ、みんなにお手伝いしてもらうお仕事を発表しまーす!」
先生がみんなにお家の人向けのお手紙を配り始めました。
「◯◯ちゃんは…文房具屋さんね」
「△△くんは…お、いいなぁ~喫茶店のお手伝いだね」
「先生ね、小さいころは喫茶店を開きたいなって思ってたんだよ」
メルちゃんはどきどきしながら待っています。
ついにメルちゃんの前に先生が回ってきました。
「ん、メルちゃんどうしたの?」
「な、なんでもない…」
「緊張してるみたいだね、大丈夫だよ」
「はい、メルちゃんに手伝ってもらうのは…」
メルちゃんは走ってお家に帰りました。
玄関のドアを開けると、一目散にお姉ちゃんの元に向かいました。
「ただいま!!」
「はぁ、はぁ…」
「わ、どうしたの…?」
「えっとね、メルね、今日ね、学校でね」
「ちょっと落ち着いたらどう?」
「はい、深呼吸して」
「…」
「で、どうしたの?」
「これ見て!」
メルちゃんは先生に配られたお手紙を渡しました。
「えーっと」
「…あぁ、この前言ってたやつかあ」
「職業体験…懐かしいな、お姉ちゃんも昔やったなぁ」
「はやく読んで!!」
「はいはい、えーっと」
お家の方へ
来週から職業体験が始まります。
社会経験を詰み、将来なりたい職業について考えてもらうのが目的です。
ご理解下さいますようよろしくお願いします。
「ん、ここから手書きになってるな」
メルちゃんにはケーキ屋さんのお手伝いをしてもらいます。
喜ぶ顔が浮かびますね。
ケーキ作りのお手伝いもするので、汚れてもいいお洋服を着せてあげて下さい。
「ふーん」
「ふーんって何!」
「メルちゃん、これが終わったら絶対ケーキ屋さんになるって言うんでしょ?」
「楽しみすぎて眠れなくなるんでしょ?」
「そんなことないもん!」
「ま、気楽にやることだね」
「貴重な経験だよ…しっかりやってきてね」
「うん!!」
職業体験当日になりました。
メルちゃんはお姉ちゃんの言う通り楽しみすぎて眠れませんでした。
お姉ちゃんにケーキ屋さんまで連れて行ってもらいます。
「メルねむい…帰る…」
「もう、しっかりしてよね」
「ケーキ屋さんでしょ?メルちゃんあれほど楽しみにしてたのに」
「ほら、着いたよ」
家から15分ほどの場所の小綺麗なお店です。
二人はお店に入るとすぐ、店員さんが出てきました。
「こんにちは~」
「はい、いらっしゃいませ!」
「決まったら声を掛けてくださいね!」
「あ、いや…」
「あ、もしかしてその名札…☆☆小学校の子ですか?」
「そうです、今日1日職業体験にお邪魔するようで」
「お話は聞いてますよ~」
「えーっと、メルちゃん、でしたっけ」
「そうです…あれ?」
メルちゃんは恥ずかしいのかお姉ちゃんの後ろに隠れてしがみついています。
「ちょっと、しっかりしてよね」
「うふふ、緊張してるのかな?」
「お姉さんに自己紹介してくれるかな?」
メルちゃんは前に出てくると、とっても小さい声で言いました。
「…メルです」
「メルっていうお名前なの?」
「…うん」
「じゃあ、メルちゃんって呼ぶね」
「私の名前はアドって言うの」
「よろしくね!」
アドはメルちゃんの頭を撫でました。
メルちゃんは相変わらず緊張した顔をしています。
「じゃ、そろそろ行きますので」
「時間になったら迎えに来ます」
「はーい、メルちゃんお仕事頑張ろうね!」
「…」
「ったく…すいませんね、緊張してるみたいで」
お姉ちゃんはお店を出るとため息をつきました。
「はぁ~、あれで大丈夫かね?」
「迷惑掛けたりしないかねぇ」
「…ま、子供だから多少は許してもらえるか」
「アドさん優しそうだから大丈夫か…」
ケーキ屋さんに取り残されたメルちゃんは不安でいっぱいです。
「…メルちゃん、開店までまだ時間があるからちょっと休憩しよっか」
「…うん」
「何か飲む?」
「ジュースがいい」
「待っててね」
アドがぶどうジュースを持ってきました。
すると、メルちゃんはすぐにごくごくと飲み干しました。
「あはは、喉が乾いてたの?」
「おいしかった」
「良かったね」
「…アドさんはなんでケーキ屋さんをしてるの?」
「ん、それはね…ケーキが好きだからだよ」
「メルちゃんはケーキは好き?」
「大好き」
「お、それは嬉しいね」
「今日一日お仕事頑張ったら…ケーキを食べさせてあげようかな?」
「え!!」
「…なーんて」
「ごめんね、そういうの…学校から禁止されてるの」
「…そうなんだ」
メルちゃんががっかりしていると、ちょうど10時になりました。
「あ、時間だ」
「えっえっ、お客さんが来るの?」
「そうだよ、メルちゃんには何してもらおうかな?」
「お客さんのご注文を聞いてもらう役かな」
「め、メルやだ…おうちに帰る…」
「え~、大丈夫だよ」
「…あ、お客さんだよ」
「え!!」
カラン、とドアのチャイムが鳴りました。
メルちゃんのケーキ屋さんが開店しました。
入ってきたのは若いお姉さんです。
「いらっしゃいませ!」
「決まったら呼んで下さいね」
お姉さんはショーケースに並んだケーキをまじまじと見つめています。
メルちゃんは緊張しすぎてドキドキが止まりません。
「…あ、いいかしら」
「はい…ほら、メルちゃん」
「えっ、えっと…あの…その…」
『ご注文をお伺いします』の言葉が出てきません。
アドは笑ってしまいました。
「あれ?アドさんどうしたのその子」
「今日はね、☆☆小学校から職業体験に来てるの」
「へぇ~、そうなんだ」
お姉さんはにこっと笑って言いました。
「ちっちゃい店員さん、注文を言っていいかしら」
「ど、どうぞ…!!」
「チョコレートケーキと、モンブランを一個ずつ」
「わ、わかりました」
「お…おまちください…!!」
メルちゃんがアドの元に向かいます。
「メルちゃん、注文聞けたかな?」
「えっとね、あのね…」
どうやらメルちゃんは緊張しすぎて忘れてしまったようです。
「…わすれた」
「あはは、大丈夫だよ」
「すいませんお客さん…もう一回教えてくれますか?」
「あれ、さっき言ったんだけど…チョコレートケーキとモンブランを一個ずつです」
「分かりました、少々お待ち下さいね」
手際よくケーキを包む様子を見てメルちゃんは関心しています。
お姉さんが支払いを済ませました。
「メルちゃん、これ渡してくれる?」
ケーキの入った箱を手渡されました。
「えっと、えっと…はい、どうぞ!」
「くすっ、ちっちゃい店員さん…頑張ってね」
お姉さんは嬉しそうにお店を出ていきました。
メルちゃんは人生始めての接客にドキドキしっぱなしでした。
「メルちゃん頑張ったね、えらいえらい」
「…メル注文聞けなかった」
「大丈夫だよ、私が助けてあげるからね」
しばらくして、次のお客さんがやって来ました。
どうやらお店の常連さんのようです。
「やっほー」
「あ!久しぶりですね!」
「いつものやつ置いてありますか?」
「…あれ?」
常連さんはメルちゃんに気が付きました。
恥ずかしそうに下を向いています。
「可愛いうさぎさんだね、お店のお手伝いかな?」
「そうなんですよ、今日一日限定で」
「わぁ、じゃあいっぱい注文しちゃおうかな?」
「あはは、ありがとうございます」
注文するものは決まっているようで、すぐにオーダーしました。
「じゃあ…うさぎさん、いつものやつお願いします」
「わ、わかりました!!」
メルちゃんがアドの元に向かいました。
「お客さんなんて言ってたかな?」
「えっと、いつものって言ってた」
「いつもの…あぁ、あれね」
「ねえねえ、いつものってなあに?」
「あのお客さんはね、チーズケーキが大好きなんだよ」
「メルちゃん箱に入れてくれるかな?」
ぎこちない手付きで箱にケーキを入れました。
教えてもらって箱を閉じてシールを貼ります。
「じゃあ、お会計は…」
メルちゃんはちょっとだけ慣れた様子でケーキの箱を持っていきました。
「ありがと、可愛いうさぎさん」
「また来るね」
「ありがとうございました~」
メルちゃんは胸をなでおろしました。
どうやら『いつもの』が気になっているようです。
「アドさん、メルも『いつもの』って言ったらチーズケーキが出てくるの?」
「あはは、違うよ」
「いつも注文してるから『いつもの』って言うの」
「メルちゃんはそういうの、あるかな?」
「…オレンジジュース」
「そっか、じゃあ次は『いつもの』って言ってみたら?」
「わかった!」
その後もちらほらとお客さんが来てはなんとか接客を頑張りました。
しばらくしてお昼休憩になりました。
「メルちゃんご苦労様でした」
「お昼休憩だよ、ご飯食べて午後に備えようね」
「うん!」
お姉ちゃんに作ってもらったお弁当をもぐもぐと食べていると、アドが何かを持ってきました。
「メルちゃん、デザートにどうぞ」
「わぁ、ありがとう!!」
アドが持ってきたのはプリンのタルトです。
いい匂いがしています。
「いただきます!!」
「先生とお家の人には内緒だよ?」
メルちゃんは夢中でタルトを頬張っています。
その幸せそうな顔を見てアドは思わず笑ってしまいました。
「メルちゃん美味しそうに食べてくれて嬉しいな~」
「だって美味しいんだもん!」
「そっか、また買いに来てね!」
「うん!!」
メルちゃんがご飯を食べ終わりました。
休憩の終わりまでまだ時間があります。
「…あ、そうだ」
「ちょっとこっちに来てくれる?」
アドはメルちゃんを厨房に連れてきました。
色々なものが置いてありメルちゃんは興味津々です。
「メルちゃんにね、手伝ってもらいたいことがあるの」
「うんうん」
「このケーキにいちごを乗せていって欲しいの」
「一個ずつ?」
「あはは、いちごが二個乗ったショートケーキもいいかもね」
すると、カランとドアのチャイムが鳴りました。
「あれ、お客さんが来ちゃった」
「メルちゃんそれやっててくれる?」
「私行ってくるから」
「わかった!!」
メルちゃんは上機嫌でいちごを乗せていきます。
まるでパティシエになった気分です。
しばらく作業していると、メルちゃんはいちごが食べたくなってきました。
「いちご食べたいな~」
「今度お姉ちゃんに買ってもらおっと」
しかし、目の前のいちごを見てよだれが止まりません。
「…」
メルちゃんはアドがまだ接客をしているのを見て、こそっといちごを食べてしまいました。
「一個ぐらいいいよね」
「…」
「おいしい!」
メルちゃんはその後、いちごを三個も食べてしまいました。
アドが接客を終えてこちらに歩いてくるのが見えると、大慌てでいちごを乗せる作業に戻りました。
「メルちゃんお待たせ、作業ははかどってるかな?」
「…お、もうすぐ終わるね」
「う、うん…!!」
「…あれ?」
どうやらいちごが足りないようです。
最後の一個のケーキが丸裸になってしまいました。
「おかしいなあ、多めに買ったんだけど…」
「メルちゃん食べちゃったとか?」
メルちゃんはどきっとしましたが、平静を装いました。
「た、食べてないよ?」
目が泳いでいます。
「…なんてね、メルちゃんそんなことしないよね」
「あとでどうにかしよっと」
その後も接客のお手伝いをして、閉店の時間になりました。
「メルちゃん、お疲れ様!!」
「今日はね、お手伝いしてくれてとっても助かったよ」
「うん…」
メルちゃんはいちごを食べてしまったことがずっと気がかりでした。
一個だけ取り残されたあのケーキはどうなるのでしょうか。
「…アドさん、いちごが足りなかったケーキはどうするの?」
「んー、日持ちしないから捨てちゃうかな」
「え…」
捨てちゃう。
メルちゃんはその言葉に衝撃を受けました。
「…ん、どうしたの?」
メルちゃんの目に涙が浮かんでいます。
「…あのね」
「うんうん」
「メルね、いちごたべた…」
メルちゃんはうつむいています。
すると、アドはメルちゃんを優しくなでてあげました。
「正直に言えて偉いね、よしよし」
「…ごめんなさい」
「いいよいいよ、いちご美味しいもんね」
「学校の先生に言う…?」
「いや、今回は特別に許してあげまーす」
「メルちゃんお仕事頑張ったもんね、ご褒美ってことで」
「ね、ちょっといいかな?」
アドはメルちゃんを席に座らせました。
「ちょっと待っててね」
しばらくして、アドが戻ってきました。
机に置かれたのは、いちごの無いショートケーキです。
「え」
「メルちゃん、これで良かったらどうぞ」
「食べていいの…?」
「いいよ、いっぱい頑張ったご褒美にね」
「…いただきます!!」
ショートケーキを頬張ると、相変わらず幸せそうな顔をしました。
アドも思わず笑顔になりました。
世界で一番美味しい、いちごの無いショートケーキです。
「…あ、お迎えが来たみたいだよ」
「ほら、行ってきな」
お姉ちゃんがお店に入ってきました。
とたんにメルちゃんはお姉ちゃんのもとに走っていきました。
「すいません、ちょっと遅くなりました」
「メルちゃんね、とっても頑張ってくれました」
「本当ですか、迷惑掛けませんでした?」
「あはは、そんなこと無いですよ」
「ね?メルちゃん」
アドが意地悪そうにメルちゃんのほうを向くと、メルちゃんはたじろぎました。
「…ん?メルちゃんどうしたの」
「なんでもない…もん」
「ふーん…」
「とにかく、今日はありがとうございました」
「お礼にまたいつか買いに来ますね」
「あ、ぜひ来て下さいね~」
「ちょっとサービスしちゃうかも、です!」
後日、アドのお店の郵便受けにピンク色の封筒が入っていました。
「お、何だろう…っと」
☆☆小学校からの手紙です。
メルちゃんが学校で書いた作文が添付されています。
テーマは『将来就きたいお仕事』のようです。
メルはしょうらい、人をしあわせにするしごとにつきたいです。
きのう、ケーキやさんのお手つだいをしました。
ケーキを買ってかえる人はみんなしあわせそうなかおをしていました。
それを見て、メルも人をしあわせにしたいと思いました。
そのために、おべんきょうをがんばります。
またあのケーキやさんに行きたいな。
アドさんありがとう。
「幸せにする仕事かあ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
「さーて、私も頑張らなきゃ」
カラン、とドアのチャイムが鳴りました。
「いらっしゃいませ!」
おしまい
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