【小説】窓越しの約束

初めにこちらをお読み下さい。

 

https://mellpatterns.info/novel-introduction/



「行ってきます!!」
「はい、気をつけてね~」


メルちゃんは元気に家を出ていきました。
一方のお姉ちゃんはホッとした様子です。

「…相変わらず元気だなあ」
「少しぐらい分けてほしいよ」

ところで、メルちゃんはどこに行くのでしょうか?
メルちゃんがやって来たのは家から歩いて10分ぐらいの…豪邸、とは言いませんがちょっとした屋敷のようなお家です。
こんなところになんの用事があるのでしょうか。

「えーっと…あった!!」

メルちゃんは屋敷を見つけると、カバンから何やら手紙のような紙切れを取り出しました。

「きっと、このおうちだよね」

紙切れにはこう書いてありました。


こんにちは、このお手軽を拾ってくれた誰かさん。
私は訳あっておうちから出られずに生活をしています。
だから、お友だちがいなくてちょっと寂しいです。
よかったらお友だちになりませんか?
住所は…………です。


「…どきどきするなあ」
「でも…絶対このおうちだもんね」
「深呼吸…ふぅ~」


メルちゃんは呼び鈴を押しました。
しばらくして執事のような人が出てきました。

「どちら様でしょうか」
「えっと、えっと…」
「…いたずらでしょうか?」
「ち、ちがうもん!!」

メルちゃんはその執事さんに紙切れを渡しました。

「これは?」
「いいから読んで!!」

しばらくして、執事さんはため息をつきました。

「…あのね、いい子はいたずらしちゃだめですよ」
「えっ、えっ…」

執事さんはメルちゃんに紙切れを返すとそのまま屋敷に戻ってしまいました。
メルちゃんは困ってしまいました。

「…そういえば、このお手紙を書いたお友だちのお名前知らないな」
「住所しか書いてない…ん?」

裏に何か書いてあるのに気づきました。


私の名前は、アリスです


「あ!!」
「お名前書いてあったのに!!」

メルちゃんはもう一度呼び鈴を鳴らしましたが、誰も出てきません。
また同じうさぎさんのいたずらだと思い込まれているようです。

「ん~、どうしよう…」

家を出るのが遅かったので、もう夕暮れ時になっていました。
遠くからカラスの鳴き声が聞こえてきます。

「今日はお家にかえろ…」

メルちゃんはお家に向かって歩き出しました。
その様子を執事さんが窓越しに見ていたようです。

「あの字は」
「あの子のものとそっくりだったような」
「…」
「まあ、いいでしょう」

翌日、メルちゃんは再び屋敷にやってきました。
お名前を知っているので準備バッチリといった風です。
呼び鈴を鳴らすと、昨日の執事さんが出てきました。

「はぁ、またあなたですか」
「おはようございます!!」
「元気がいいですね、何をしに来たのです?また冷やかしなら…」
「アリスさんはいますか?」

執事さんは一瞬ドキッとしました。
なぜこの子がその名前を知っているのだろう?
あの子に何をしにきたのだろう?
そもそもこの子は何者なのか?
…あれこれ思考が巡っています。

「…あの、アリスさんは」
「今日はお引取り下さい」
「え?」
「そのような方はおりませんので」
「えっ、そんな…」

執事さんは黙って屋敷に戻ってしまいました。
メルちゃんは立ち尽くしています。

「え…このお手紙って嘘だったのかな」
「でも、心がこもってるように見えるんだけど」
「…」

メルちゃんはどうしても諦めきれないようです。
なんとなく、屋敷の周りをぐるっと一周してみることにしました。

「…広いおうちだなあ」
「メルもこんなでっかいおうちに住んでみたいなあ」
「きっと、ベッドもおっきいんだろうな」

ふと、メルちゃんが何かに気づきました。
一つだけ開け放たれている窓があります。
その向こうで、メルちゃんよりちょっと上の年齢ほどの少女が空を見上げています。

「あれ、誰だろう」

少女はメルちゃんに気づくと手を振りました。
メルちゃんはドキッとしました。
また先程の執事さんが出てきてつまみ出されるのではないか、そう思ったのです。

「ご、ごめんなさい!!」
「メル帰るから!!」

そう叫びましたが、少女はどうやら手招きしているように見えます。
そして、どこか悲しそうな顔をしているようにも見えます。

「行ってもいいのかなあ」
「…よし」

メルちゃんは勇気を出して少女のいるほうに歩いて行きました。

「えっと、こんにちは」

少女は笑顔で会釈しました。

「もしかして、アリスっていうお名前?」
「…来てくれたんだ」
「?」
「嬉しい…げほげほっ!!」

どうやらアリスは喋ると咳が出てしまうようです。

「わ、大丈夫?」
「…」

メルちゃんは窓越しにお部屋を観察しました。
地球儀とかでっかい本棚とか、普段見ることのないものばかりでちょっぴり興奮気味です。
ふと、アリスの来ているお洋服に気づきました。
それはまるで病院に入院している人が着る服のように見えます。

そして、メルちゃんはアリスが右腕に点滴しているのに気づきました。

「え、それってもしかして」

そうよ、と言わんばかりにアリスは小さく頷きました。
メルちゃんはとっても心配そうな顔をしています。

「熱があるの?どこか痛いの?大丈夫なの?」

アリスは微笑みました。

「私ね、もうすぐね…」
「もうすぐ?」

その時でした。
部屋のドアが空いて執事さんが入ってきました。

「あ!!」

メルちゃんは心臓が飛び出しそうになりました。
しかしアリスがとっさにカーテンを閉めたので執事さんにはバレずに済みました。

「…うーん、もっとお話したいなぁ」
「明日、またこよっと」

メルちゃんがお家に帰ると、お姉ちゃんが待っていました。

「…あのさ」
「な、なあに?」
「いつも一人で出ていくけど…一体どこ行ってんの」
「それはね、ひ…ひみつ」
「秘密ぅ…?」
「悪いメルちゃんは嫌いだよ?」
「あ、やだ…」
「…なーんて」
「危ないことじゃなかったらいいよ…さ、ご飯食べよっか」
「…うん!!」

その夜、メルちゃんはなかなか眠れずにいました。
アリスのあの言葉が忘れられないのです。

『私ね、もうすぐね…』

「もうすぐ、何だろう?」
「あ!もしかしてお誕生日かな?」
「絶対そうだ!明日はプレゼントを持っていこうっと」

メルちゃんは宝箱から一番きれいな切手を取り出してカバンに入れました。

「お友だちになりたいから、切手をプレゼントするの」
「お手紙書いてくれるかな?」

しばらくしてメルちゃんは眠りにつきました。
一方その頃…

「…あの子」
「ホントに来てくれる人がいるなんて思わなかった」
「げほげほっ…」
「お名前聞いてなかったな」

「明日も、来てくれるかな」

「…うふふ」

翌日。
メルちゃんは元気にお家を出て一目散にアリスのもとに向かいました。
窓は空いていて、昨日と同じようにアリスがまた空を見上げていました。

「来たよ!!」
「…ありがと」
「えっとね、実はね、プレゼントがあるの」
「おなまえ」
「…え?」
「あなたのお名前、なあに?」
「メルはメルだよ」
「メルっていうのね」
「うん!!」
「じゃあ、メルちゃんって呼んでいい?」
「もちろんいいよ!!」
「あ、じゃあメルもアリスちゃんって呼ぶね!!」
「…うれしい」
「え?」

メルちゃんは、お名前を呼んでくれるだけでアリスがなぜ嬉しいのか気になりました。

「アリスちゃんって呼んだら嬉しいの?」
「お友だちがいないの」
「お友だちが?」
「うん…げほげほっ!!」
「わ、えっと…これ飲む?」

メルちゃんは持ってきた水筒をアリスに手渡すと、少しだけ飲みました。

「…おいしい」
「オレンジジュースだよ」
「久しぶりに飲んだの」
「そうなんだ」

メルちゃんはふと、プレゼントのことを思い出しました。

「そうそう、アリスちゃんにプレゼントがあるの」
「え?プレゼント…?」
「そうだよ、えっとね…」

カバンをごそごそ漁ると、切手を何枚かアリスに手渡しました。

「はい、どうぞ!!」
「…ありがとう、でもどうして?」
「もうすぐお誕生日だよね?メルこの前聞いたよ?」

アリスは怪訝な顔をしています。
そんなこと言った記憶がないのですから。

「ねえねえ、メルにお手紙書いてくれる?」
「手紙?」
「うん、文通をするの」
「…」

アリスはどこか悲しげな顔をしました。
そして後ろを向いてしまいました。

「どうしたの?」
「…なんでも…ない…ぐすっ」

泣いているのがバレてしまいました。
メルちゃんは不思議そうな顔をしています。

「もしかしてメルのこときらいになったとか…?」
「ちがうの、あのね…」
「…?」

アリスは涙を拭くと、真面目な顔をしました。

「メルちゃん」

「なあに?」
「私ね…」


夜になりました。
メルちゃんが遅くに帰ってくるのが珍しいので、帰るとお姉ちゃんがとても心配していました。
一方のメルちゃんは放心状態のようです。
だまってご飯を食べて一人でお風呂に入ってとりあえずベッドに入ってみました。
けれども一向に眠れません。


『私ね…』
『もうすぐ、お別れの日が来るの』
『え? 』


「嘘だよね、アリスちゃんいじわるなんだから」
「悪いじょうだんはだめってお姉ちゃん言ってたよ?」


『お別れって?』
『…』
『メルまた来てあげるよ?なんでお別れなの?メル…』
『あのね、私もうすぐ死んじゃうの』


「…じょうだん、だよね」


『え?』
『メルちゃんは優しいから、言ってもいいかなって』
『しんじゃう…の?』
『…病気が治らなくて、そろそろ余命が、って』


「じょうだん…」


『嘘だよね?アリスちゃんそんな悪い子に見えないもん』
『嘘じゃないの、本当なの』
『…アリスちゃんのいじわる!!』
『え?ちょっと!!』


「うそだ!!」

メルちゃんは布団にくるまって大泣きしました。
お友だちがもうすぐ死んじゃうだなんて信じることが出来ません。
それに、どうしたら良いのかさえ分かりません。

「…うそだ!!ぜったいうそだ!!」
「アリスちゃんのうそつき!!」

メルちゃんは涙が止まりません。
あの時の会話が脳裏にこびりついています。

「…」

しばらく後、メルちゃんは泣き疲れて眠ってしまいました。
そして翌日。

「…行ってきます」
「どしたの、元気ないね」
「…なんでもないもん」
「あ、寝癖ついてるけど」
「…」

メルちゃんはそのまま出ていきました。
そして屋敷に着くとすぐアリスのいる窓に向かいました。

「…あの」
「来てくれたんだ、うれしい」

アリスは心の底から嬉しそうな顔をしています。
一方のメルちゃんは今にも泣きそうな顔をしています。

「昨日のお話、ほんとうなの?」
「…」

アリスはゆっくり頷きました。

「メルちゃん」
「…な、なあに?」
「私ね、小さい頃から体が弱くて」
「ほとんどお外に出たことがないの」
「そう…なんだ」
「だからね、お外のこと…教えてほしいな」
「…わかった」
「でも、メルと約束してほしいことがあるの」
「?」

アリスが不思議そうな顔をしました。

「いつか、メルと一緒にかくれんぼしたいな」
「かくれんぼ?」
「おにごっこでもいいよ?」
「…くすっ、分かったわ」
「なんでもいいから、元気になってお外で一緒に遊びたいの!!」

二人は窓越しに指切りをしました。

「ぜったいだよ?」
「うふふ、病気なんて直しちゃう…ごほごほっ」
「あ!えっと…はい、これ」

アリスはメルちゃんが持ってきたオレンジジュースを飲みました。
どうやら気に入った様子です。

「あ、お外のお話だったっけ」
「うん…なんでもいいから、聞きたいな」

その日から、メルちゃんは毎日アリスの元に行ってお話を聞かせてあげました。
春は桜が、夏は花火が…。
アリスはいつもにこにこしてメルちゃんのお話を聞きました。
たまに咳が出るといつも持ってきたオレンジジュースを飲ませてあげました。
二人はすっかり仲良しになりました。

ある日のことです。

「メルちゃん、私ね、明日お誕生日なの」
「え!本当?」
「うふふ、ウソつくわけないわ…」
「そうなんだ、お誕生日なんだ、お祝いしなきゃ!!」
「お祝いかぁ、嬉しいな」
「楽しみにしててね!」
「…うん!」

その後、メルちゃんはその日あったことやこれまでで楽しかったこと、なんでもアリスに話してあげました。
アリスはそれを聞いてとても嬉しそうにニコニコしました。

夜になりました。
メルちゃんは明日持っていくプレゼント選びに困っていました。

「大切なお友だちのお誕生日だから、えーっと」
「そうだ!!」

メルちゃんはリボンの入った箱を取り出すと、二個セットになったものを両方取り出しました。
両耳につけるのが恥ずかしいので片方しか使っていません。

「これを、アリスちゃんにプレゼントしたらおそろいになるよね」
「えへへ、楽しみだな~」

朝になりました。
メルちゃんが元気に出発しました。

「アリスちゃん、喜んでくれるかな?」

屋敷に着いてすぐ、アリスのいる窓に向かいました。
しかし、アリスの姿が見えません。

「あれ?」
「アリスちゃんは?」

部屋を眺めましたがアリスはやはりどこにもいません。
ふと、アリスが寝ていたベッドが消えているのに気づきました。

「ベッドがなくなっちゃってる」
「どうしたのかな」
「…」


その瞬間、メルちゃんの背筋が凍りました。
これまでのアリスとの時間が脳裏をよぎります。


『メルちゃん、私ね、明日お誕生日なの』

『私ね、小さい頃から体が弱くて』

『私ね…』

メルちゃんは立ち尽くしています
そして、遠いどこかからアリスの声が聞こえた気がしました。



『もうすぐ、お別れの日が来るの』



メルちゃんは持っていたリボンを落としました。
手が震えています。
自分が信じられません。

「嘘だ」

部屋を隅々まで観察しましたが、やはりアリスの姿はありません。

「絶対嘘だ」

カバンに入れていた、アリスの書いた紙切れを読み返しました。
しかしアリスは出てこないし、何も変わりません。

「…」

メルちゃんの目から涙がこぼれました。

「し…」
「しんじゃったの?」
「…」

涙が溢れて止まりません。
大切なお友だちが目の前から急にいなくなってしまったことが信じられないのです。

「やくそくしたのに…」
「かくれんぼしようね、って」
「おにごっこでもいいし、かげふみでもいいから」

アリスの優しい声、優しい笑顔がメルちゃんの頭を駆け巡ります。
そして…



『メルちゃん、私ね、明日お誕生日なの』



メルちゃんは大泣きしました。
お誕生日のお祝いを持ってきたのに、それすら渡すことが出来ませんでした。
もっとお話したかったのに、もっと一緒に居れたらよかったのに。

ついにメルちゃんは頭が真っ白になってしまいました。
どうしようもなく窓際に座り込んでいます。
お誕生日プレゼントに持ってきたリボンが涙でかすんで何重にも見えます。
気がつくと夕方になっていました。
しかしメルちゃんはどうしても帰る気になれません。
今日起こったことが信じられないのです。

「リボン」
「渡したかったな」
「昨日渡してたら、天国のアリスちゃんとおそろいだったのに」

天国のアリスちゃん、自分でそう言ってまた泣いてしまいました。

「…あ!!」

遠くから誰かの声が聞こえてきました。
どうせこの前の執事さんだろう、そう思いました。

「…ちゃん!!」

どこか聞き覚えのある声です。



「メルちゃん!!」



メルちゃんが顔をあげると、そこにはなんとアリスがいました。

「…え」
「メルちゃんだ!!よかった、来てくれてたんだ!!」
「…えっ、えっ」

目の前に居るのは本物のアリスです。
メルちゃんは頭が混乱しています。

「あ、アリスちゃんなの?」
「そうだよ、アリスだよ」
「ほんとうに?」
「本当よ、私ね…」
「元気になってお外に出れるようになったの!!」

メルちゃんは目を丸くしています。

「えっ、えっ、アリスちゃん天国に行ったのに」

アリスは笑ってしまいました。

「もう!!メルちゃんしっかりしてよ!!」
「元気になってね、お部屋から出ることができるようになったの」
「じゃ、じゃあ…」
「今日は色々用事が重なって…メルちゃんごめん」

メルちゃんはアリスに飛びつきました。
アリスはメルちゃんを抱きしめました。

「…アリスちゃんの匂いがする」
「メルちゃんもね」

二人は笑いました。

「あ、でね…プレゼントがあるの」
「なになに?」
「…はい、どうぞ!!」

メルちゃんは持ってきたお揃いリボンを手渡しました。

「わ、きれい!!」
「もらっていいの?」
「もちろん!!」

アリスがリボンを髪に付けました。

「似合ってる?」
「えへへ、メルとお揃い嬉しいな~」
「…あ、もうこんな時間!!」
「メルちゃん帰らなくてもいいの?」
「お家の人…心配しちゃうかも」

お姉ちゃんの顔が浮かびました。

「…じゃあ、帰る」
「また明日、来てくれる…?」

アリスが少し恥ずかしそうに言いました。
すると、メルちゃんは元気よく返しました。

「うん!!」


その夜、アリスはメルちゃんにもらったリボンを見つめていました。

「こんなプレゼント、嬉しすぎるな~」
「メルちゃん、ありがと」
「あ、メルちゃんの誕生日も聞いておかないと」

アリスはリボンを窓際に置きました。

「指切り、忘れないよ」
「いっぱい遊ぼうね」

アリスは窓から空を見上げました。
星空が広がっています。
これまでと違って、やけに輝いて見えます。

「メルちゃん」
「ずっと一緒にいようね」

リボンに付いた宝石が夜空の星みたいにキラッと光りました。

おしまい

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