【小説】無題1

※本作文は2020年7月12日の日記に記録されていたものです。
面白かったので小説カテゴリに載せておきます。




「見て、おっきなビル!」

ひょんなことから、高速バスに乗って旅行をすることになった。
私は乗り気じゃなかったけど、どうしても連れて行ってやってくれと言われて。
人に何かを頼まれると断れない私の癖、いいのやら悪いのやら。

子供はすぐに大きくなるな。
もうこの子も2歳か、この前見たとき赤ちゃんだった気がするんだけどなあ。
ちっちゃなリュックを背負って、とことこ歩く。
このリュックには何が入っているのだろう。
きっと、この子の宝物だろうな。

「はい、到着~!」
「とうちゃく!!」

普段こんな話し方なんてしないよ、私は……。
でもちっちゃい子相手だと幼児語のようになってしまうのだ。

「いいかい、これからバスに乗るんだけどね」
「他のお客さんも乗っているから……静かにすること!」
「分かった人?」
「はーい!」
「おりこうさんだ、じゃあここで待っててね」

なれない会話にしどろもどろしながら、チケット売り場に行く。

「大人1枚、こども1枚で」

いいなあ、こどもは料金半額でさ。
ずるいよね、私だって心が子供から成長してない気がするからこども料金で乗せてくれたっていいのにさ。
あの子を待たせている場所に戻る。
そこにあったのはリュックだけだった。

「……どこ行ったの」

一瞬、ぞっとしたけどもすぐそこで窓にへばりついていた。
なぜか私が来たのを察して振り返り、

「バス!バス!」

窓の向こうには私達が乗る予定のバスがあった。
バスなんて何度も乗ってるから新鮮味もありゃしないけど。
この子にとっては人生で初めての体験なのか。

私はある意味、重役を任せられたのかもしれない。
この子の初体験に付き添って、楽しませるという重役。
見るものすべてが初めてで、輝いて見えてるんだろうな。
あれもこれも、知りたくて触りたくて行ってみたくて。
私も昔はこんなのだったんだろうな。
聞きたくないけど。

「ほら、早くしないとバス行っちゃうぞ~?」

手をつないでバス乗り場に行く。
チケットを渡して、2人でバスに乗り込んだ。
予想に反して車内は空いていた。
窓際の2席を購入したので、席次は当然……。

「こっちがいい」

ま、そうなるよね。
窓際にこの子、その隣に私が座る。
私の顔を見て質問してきた。

「早く走らないの?」
「あとちょっとだよ、楽しみだね。」
「うん!」

忘れ物がないかチェックしたりスマホで連絡したりしていたら発進のアナウンス。
バスはゆっくりと動き出した。
高速道路に乗ると、スピードを上げて快調に走った。

…。
この子、ずっとこのままでいてほしいな。
私みたいに…大人みたいに汚れた目でこの世界を見てほしくないな。
本当はこの世界は、自然豊かで美しいのに。
大人の汚れた目を通すと、とたんに虚偽にまみれたディストピアになってしまう。
ディストピア、なんてこの前ちょこっと知った言葉を使ってみたりする。
車窓を飽きることなく眺める。
でも、騒ぐことなく静かにしてくれている。
いい子だな、本当に。
思わず頭を撫でたくなった。

件の疑問が頭を過ぎった。
このリュックには何が入っているのだろうか。
単刀直入に聞いてみようか……。

「ね、ちょっといい?」
「なーに?」
「そのリュック、何を入れてきたの?」

とたんに機嫌が悪い表情を見せた。

「だめ!」
「えー、教えてよ」
「だめ!!」

声を張り上げて頑なに拒否している。

「分かった、ごめんね」

一体、何が入ってるのだろうか……。
気がつくと、景色に飽きたのか行儀よく座席に座っていた。

「お水がのみたい」
「あ、ちょっと待ってね」

水筒は重荷なので私が持っている。
コップの付いた水色の水筒を取り出して、水を注ぐ。

「はい、ゆっくり飲んでね」

バスの振動でこぼしそうになりながら、ごくごくと飲んだ。

「ありがとう!」
「はい、どういたしまして」

うって変わって満面の笑みを見せる。
はあ、子供は泣いたり笑ったり忙しいものだこと。
まだ泣いてないけど。

「リュック見せてあげる」
「いいの?」
「いいよ」

突然気が変わったようだ。
全く、子供の意図は読めない。
幼い手でチャックを開けると、案の定ぬいぐるみが入っていた。
見た瞬間、「あ、やっぱり」って気がした。
子供を馬鹿にしてるのだろうか……。

「あ、可愛いぬいぐるみだね」

とりあえずそう言ってみた。

「これはね、名前はね、えっとね、……」

それから延々とぬいぐるみについて話し続けた。
どこで買ってもらったか、どこに連れて行ったか、夜一緒に寝てること…。

そして、その日あったことをお話してあげていること。

この子にとって、そのぬいぐるみは”友達”だった。
いつでも一緒、楽しいこと悲しいこと嬉しいこと怖いこと。
これまでのすべてを共にしてきたのだろう。

…じゃあ、なんでリュックにしまっているのだろう。
一緒に外の景色を見ればいいのに。

「ね、なんでリュックに入れてるの?」
「この子が、バスが怖いって言ってるから」

はあ、予想外だった。
あんた最初バスが怖いとか言ってなかったっけ?
さすが子供、言動が全く読めない。

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