【小説】雪

はじめにお読み下さい。




「…んぅ」

時刻はまだ朝の3時。

メルちゃんは変な時間に目が覚めてしまいました。
当然、お姉ちゃんは今頃ぐっすり夢の中です。

「なんか目がさめちゃった」
「…」

なんとなく、メルちゃんはカーテンを開けました。

「…あ!!」

メルちゃんの目に飛び込んできたのは、月明かりに照らし出された雪景色でした。
まだ誰も足を踏み入れてない、きっとふわふわな新雪です。
メルちゃんは大興奮です。

「雪だ!!やったぁ!!」

メルちゃんは外に出たくなりました。
しかしこんな時間に外出するなんてお姉ちゃんが許す訳ありません。
…それに、寝ているお姉ちゃんを起こして聞くのもなんだかおかしな話です。

「…こっそり出たらばれないよね」

メルちゃんの、深夜のお出かけ大作戦が始まりました。
まず、どうやって出るか考えるところからスタートです。
あれこれ考えた結果、メルちゃんのお部屋の窓から脱走することにしました。

「靴はこっそり玄関から持ってくればいいよね」

メルちゃんは部屋から出て玄関に向かいました。
ついで、こっそりお姉ちゃんのお部屋を見ました。
ドアから光が漏れてないので…きっと寝ているに違いありません。

「そーっと…」

玄関に行こうとした瞬間、お姉ちゃんのお部屋のドアが開きました。

「あ!!!!」

メルちゃんは心臓が飛び出しそうになりました。
心拍数が急上昇するのを感じます。
一方のお姉ちゃんは眠そうな目をしています。

「…メルちゃん?なんで起きてるの」
「お姉ちゃんもなんで起きてきたの?」
「なんでって、トイレに行こうと…ふあぁ」

お姉ちゃんは若干寝ぼけているようです。
メルちゃんは冷や汗が出てきました。

「あ、メルちゃんもおトイレ?」
「おトイレはあっちだよ?」

メルちゃんの目が泳いでいます。

「くすっ、メルちゃん寝ぼけてるの?」
「そっ、そうだよ!!」

寝ぼけている人のいう言葉じゃありません。
しかし寝ぼけているお姉ちゃんはメルちゃんの言葉を信じました。

「ほら、いい子はまだ寝ててね」
「わかった!!」

お姉ちゃんにおやすみを言ってお部屋に戻りました。
メルちゃんはまだドキドキしています。

「はぁ、はぁ…」
「どきどきした」
「どうしよう…靴がないと足がよごれちゃう」

しかし、メルちゃんは深夜のお出かけ大作戦を諦めきれません。
窓の外には一面の銀世界が広がっています。

「…よし」

メルちゃんはそぉっと窓を開けました。
キィッ…と静かな音がしました。
すると、冷たい風がお部屋に入ってきました。
メルちゃんは思わず窓を閉めました。

「さむぅ」
「こんなに寒いのに出たらかぜひかないかなぁ」
「あ、でもかぜひいたらお姉ちゃんきっと優しくしてくれるなぁ」
「じゃあいっか」

よく分からないことを言いつつ再び窓を開けました。
今度はもっと強い風が吹き込んできました。

「えへへ、窓から出るのって初めて」
「なんだかわくわくするなぁ」
「…でもお姉ちゃんにばれたらしかられちゃう」
「…」

メルちゃんは勇気を出して窓から出ました。

「わぁ…」


実は前日、お姉ちゃんとこんな会話をしていました。

「メルちゃん、見てこれ」
「んー?」
「天気」
「…あ!!」

明日のお天気が雪のマークになっています。
メルちゃんは雨が大好きです。
お気に入りの傘を差したらどこまでも行けそうな気になります。
では雪はどうでしょう?

「すごいすごい!!」
「メルちゃんやったね、雪遊びできるかも?」
「ねえねえ、明日ゆきがっせんしようよ」
「えー、痛いのやだよ?」
「雪だるまも作りたいな」
「メルちゃん去年上手に作れなかったっけ」
「ちょっぴりなら食べてもいいよね?」
「だめでーす」
「えー?」


お姉ちゃんが居ない今、メルちゃんのやりたいがすべて叶います。
ワクワクが止まりません。

「すごいすごい!!」
「何しようかな~」

メルちゃんはとりあえず雪をすくってみました。
積もりたてでふわふわ、鳥の羽のように軽い雪です。
ぎゅっと握ってみるととたんに手のひらが冷たくなりました。

「えへへ、雪って冷たいよね」
「どうして夏にはふらないんだろう?」
「はずかしがりやさんなのかな?」

メルちゃんは何でも出来るような気分になってきました。
積もった雪の上を歩いてみます。
しばらく歩いて後ろを振り返ると、メルちゃんの足跡が出来ていました。
メルちゃんは大喜びです。

「メルの足跡ってこんなのなんだね」
「これをたどれば、絶対におうちに帰れるんだよね」
「…でもちょっとこわいかも」

満月が出ているので明るいとはいえ、夜であることには変わりありません。
こんな夜に迷子になったら…
想像しただけで泣きそうになったメルちゃんです。
遠出するのはやめることにしました。

「えっとえっと、何しよう何しよう」

やりたいことが多すぎてメルちゃんの頭がこんがらがっています。
真っ先に思いついたのは、お姉ちゃんと話していた雪だるまでした。

「去年はへたっぴでお姉ちゃんが笑ってたっけ」
「じゃあ今練習して上手になろうっと」

雪だるま、と言ってもみんなが作るようなものではなく、手のひらサイズのミニだるまです。
まずは雪だるまの体を作り始めました。

「雪をかためて…ころころころ」

しばらくして、直径10cmぐらいの雪玉が出来ました。
ちょっとでこぼこしていますが、去年と比べたら上出来です。
メルちゃんは嬉しくなりました。

「えへへ、お姉ちゃん褒めてくれるかな」

続いて頭を作り始めました。
ころころと雪玉を転がしていきます。
少しずつ大きくなるのが楽しくて、気がついたら体と同じぐらいの大きさの頭が出来ました。

「あれ、ちょっとおっきいかも…」
「まあいいや、練習だもん」

メルちゃんは体と頭をくっつけました。
ミニだるまちゃんの完成です。

「だるまさんこんばんは、頭がちょっとおっきくてごめんね」
「…しゃべるわけないよね」

メルちゃんはミニだるまちゃんをお部屋の窓際に置きました。
ミニだるまちゃんはどこか嬉しそうな顔をしている…気がします。

「さて、お次は…あ!!」

水たまりが凍っているのを発見したメルちゃんは大喜びです。

「凍ってる!!」

メルちゃんは迷わずに凍った水たまりを踏みました。
ぱりんと音を立てて割れたのを見て、メルちゃんはもっと喜びました。
氷が割れるこの音が大好きなようです。
去年の冬、学校に行くときも凍った水たまりを見ては踏んづけていました。
メルちゃんの、冬だけの楽しみです。

「もうなくなっちゃった」

氷を踏み終わると、ちょっぴりさみしい気持ちになりました。
割れた氷を一つ拾い上げて、満月に向かってかざしてみました。

「お月さま、見て見て!!」
「メルの住む星は雪が積もったんだよ」
「お月さまのほうはどう?」

どこからか、「こっちはまだだよ」と聞こえた気がしました。

「そうなんだ!!」
「じゃあ、またあした見せてあげるね!!」

そう言うとメルちゃんは氷を遠くに投げました。
硬いコンクリートの上に着地したのか、ぱりんと音が聞こえました。

「楽しいな~」

外に出てから一時間が経っていました。
まだまだやりたいことがあるみたいです。
楽しい時間はあっという間です。

「お姉ちゃんが居たらなあ」
「ゆきがっせんしたいのになぁ」
「お姉ちゃん雪だるま作るの上手なんだよね」
「今年はメルのほうがうまく作るもんね」

その後、メルちゃんは気が済むまで雪と戯れました。
ダイブしてみたり、ちょっとだけ食べてみたり、木に積もった雪を落としてみたり…
子供は遊びの天才です。

「…ふあぁ」

遊び疲れたのか、あくびが出ました。

「眠くなってきた…かも…」
「…あ」

ふと自分の両手を見ると、真っ赤になっていました。
寒さなんて忘れるほど楽しかったようです。

「そろそろ帰らなきゃ」

メルちゃんはちょっと名残惜しそうです。

すると、雪が降ってきました。
明日になったらどれほど積もっているのでしょうか。

「お月さまおやすみ!!」

メルちゃんは窓からお部屋に入りました。
窓際に置いたミニだるまちゃんは溶けずにそのままです。

「お部屋はあったかいな~」
「…ふあぁ」

メルちゃんは窓を閉めてベッドに入りました。
遊び疲れたのか、すぐに眠りにつきました。


翌朝…

ピピピッ
目覚まし時計のアラームの音がします。

…バァン!!
勢いよくアラームを止める音がしました。

「もう朝なの…ねむい…」
「…あ!!」

メルちゃんは夜中に作ったミニだるまちゃんが窓際から消えていることに気づきました。
どうやら溶けてしまったようです。

「そんな…せっかく作ったのに…」

ちょっぴり悲しそうです。
するとお部屋にお姉ちゃんが入ってきました。

「メルちゃん?」
「…あ」

窓際を見つめているメルちゃんを見て、お姉ちゃんは不思議そうな顔をしています。

「どしたの、メルちゃんカーテン開けないの?」
「…」
「もう、ちょっといい?」

お姉ちゃんが思い切りカーテンを開けました。
一面に広がる銀世界を見て、メルちゃんが大喜びするに違いないと思いました。
しかし、メルちゃんはやはり悲しそうです。

「メルちゃん見て、雪だよ」
「…うん」
「どうしたの?メルちゃん雪大好きだよね」

夜に作った雪だるまが溶けたことなんて言えるはずありません。

「や、やったぁ!!」

メルちゃんは喜ぶふりをしました。

「メルちゃん何か隠してない?」

メルちゃんはドキッとしました。
今のメルちゃんには隠し事しかありません。

「な、なんでもないもん」
「ふーん」

実は今、メルちゃんのお耳が垂れています。
メルちゃんがしょんぼりするとお耳が垂れてくるのをお姉ちゃんはもちろん知っています。

「何か悲しいことがあったんでしょ」
「!!」

図星を指されました。
メルちゃんは頭をフル回転させて言い訳を考えました。

「か、悲しいことがあったの!!」

悲しいことがあった人にしてはやけに元気です。

「お姉ちゃんに聞かせてくれるかな」
「えっと、あのね、そのね、うんとね…」
「…こっ、こわい夢をみたの!!」

お姉ちゃんはメルちゃんを見つめています。
メルちゃんはドキドキが止まりません。
夜中に家を出て遊んだことがばれたら怒られるに決まっています。

「…そっか」
「よしよし」

お姉ちゃんはメルちゃんの頭をなでました。
どうやら信じてくれたようです。

「それよりメルちゃん、雪が積もってるんだからさ」
「今日はいっぱい遊べるぞ~?」
「…うん!!」

メルちゃんはお姉ちゃんと外に出ました。
もちろん、玄関からです。
夜中に散々遊び回って疲れているはずなのに、メルちゃんはまた大はしゃぎです。
ふと、溶けてしまったミニだるまちゃんのことを思い出しました。

「…」
「もう、メルちゃんなんか今日ヘンだよ」
「雪だるま」
「ん、雪だるま?」
「作りたい」
「いいよ、どっちが上手に作れるか競争する?」
「…お姉ちゃんに作ってほしい」
「え、メルちゃんは作らなくてもいいの?」
「うん…メルへたっぴだから」
「あ、じゃあお手本作るからさ」
「まねっこして作ってみよっか」
「…わかった」

しばらくして、お姉ちゃんのミニだるまができました。
さすが大人です、頭と体のバランスが取れています。

「…ねえねえ、」
「ん、どうしたの」
「これ、メルがもらってもいい?」
「え?」
「おうちに飾るの」

どうやら昨日作ったミニだるまちゃんのことが忘れられないようです。
でも…家に持って帰っても冷蔵庫に入れるでもしないとすぐ溶けてしまいます。

「だめだよ、溶けちゃうって」
「やだ!!持って帰るの!!」

メルちゃんが駄々をこね始めました。
なかなか説得できません。

「メルちゃん…また来年も作ればいいじゃん」
「…」
「ほら、お姉ちゃん何回でも教えてあげるから」
「…」
「ね、だめ?」
「…わかった」

渋々うなずいたメルちゃんですが、どうしても今作ってもらったミニだるまが諦めきれないようです。
ミニだるまをじーっと見つめているメルちゃんを見て、お姉ちゃんがメルちゃんの頭をなでました。

「ほら、ミニだるまさんにばいばいして」
「そろそろお家に帰るよ」
「…ぜったいまた作ってくれる?」
「あたりまえじゃん、お姉ちゃんウソなんてつかないよ」
「…ぜったいだよ?」

すると、雪が降ってきました。
踏み荒らして地面が見えている箇所が、みるみるうちに真っ白になっていきます。

「メルちゃん、帰るよ」
「…うん」

その夜、寝る前のメルちゃんは溶けてしまったミニだるまちゃんのことを思い出していました。
跡形も無く溶けてしまったミニだるまちゃんですが、メルちゃんははっきりと覚えています。
作った時の手の冷たさ、転がすたびに大きくなっていく楽しさ、完成したときの喜び…

「ミニだるまちゃん」
「また来年、会おうね」
「…すぅすぅ」

一方、お姉ちゃんはまだ起きていました。

「あーあ、もうずっと晴れかぁ」
「メルちゃん悲しむだろうなぁ」
「…お姉ちゃんね、知ってるんだよ」
「夜中にこっそり抜け出て遊んでたの」

どうやらお姉ちゃんにはばれていたようです。
昨晩メルちゃんとばったり出会ったお姉ちゃんは、あの後しばらく起きていたのです。

「メルちゃんもしかして寒くて眠れないのかな、って」
「お部屋に行ったら居なかったんだもん」
「窓が空いてたし」
「…くすっ」
「どうせ、作った雪だるま持って帰って溶けちゃったんだよね」
「私も昔同じことしたなぁ…懐かしいな」
「大泣きした記憶が…」

眠くなってきたお姉ちゃんはベッドに入りました。

「また来年、一緒に雪だるま作ろうね」
「…来年の今頃って、どうなってるのかな」
「メルちゃんと一緒に居るのかな」
「…居ないのかな」

お姉ちゃんは急に寂しくなり、スマホで撮っていた写真を見返しました。
写っているのは、お姉ちゃんと一緒に雪遊びしてはしゃいでいるメルちゃんの写真ばかりです。
気がついたら涙が出ていました。

「ずっと…一緒にいようね」

窓を開けて空を見上げると、うっすら雲に隠れているお月さまが見えました。

「約束だよ」

お月さまが優しく微笑んだ気がしました。

おしまい

コメント