【小説】お月様からの手紙

はじめにお読みください。





「月って綺麗だなあ~」

今日は満月。

メルちゃんは外に出てお月様を眺めていました。

雲ひとつ無い、ただただ満月が主役の夜です。

その周りには無数の星がまたたいています。

「あ!」

「いいこと思いついた!」

メルちゃんは家に戻り、お姉ちゃんのもとに駆け寄りました。

お姉ちゃんは日記を書いていました。

「ねえねえ!」

「…うわ!」

お姉ちゃんは慌てて日記を伏せました。

よほど人に見られたくないようです。

「どうしたの?」

「お姉ちゃんが日記書いてるときは何もしないでって約束したよね」

「…忘れてた」

「はぁ…しょうもないことしか書いてないからいいけどさ…」

「んで、どうしたの?」

「メルね、お月様にお手紙書く!!」

お姉ちゃんは目を丸くしました。

まるでまんまるのお月様のように。

「…は?」

「ねえねえ、いいでしょ?」

メルちゃんは本気の目をしています。

お姉ちゃんは困惑しています。

「…どんなお手紙を書くのかな?」

「お月様にね、今日あったこととか教えてあげるの!」

「ふーん…」

「お手紙書いてくる!!」

「あ、ちょっと!!」

メルちゃんはお部屋に飛び込みました。

「…どうしよ」

メルちゃんは一番お気に入りのレターセットを持ってきました。

嬉しそうに机に向かい、早速お手紙を書き始めました。

「書き出しは、『お月様へ』かな?」

「えーっと…」

しばらくして、メルちゃん謹製のお手紙が完成しました。

封筒に入れてから、メルちゃんはとっても大切なことに気づきました。

「お月様の住所って、どこだろう?」

「メル知らない…どうしよう?」

「お姉ちゃんに聞いてみよっと」

その頃、お姉ちゃんは…

「月に手紙なんて出せるわけ無いんだよなぁ」

「かと言って、メルちゃんがお手紙出してさ…帰ってこなかったら悲しむよね」

「え~~、どうしよう…」

「…リリに聞いてみるかな」

スマホを見ると、ちょうどリリから連絡が来ていました。

『この前はメルちゃんをお泊りさせてくれてありがとう~』

『メルちゃんのこと大好きになったから…また来てよね!』

「…はあ、そうですか」

「メルちゃんは誰にも渡しませんよーだ」

「…」

『ねえ、ちょっと聞きたいんだけど』

『なあに?』

『メルちゃんがね、月に手紙書きたいって言ってるの』

『可愛いなぁ、それ』

『月に行って届けてきたら?』

『こっちは困ってんの!』

『ポストにでも入れられたら、宛先不明で返ってくるのがオチでしょ』

『あ!いいこと思いついた!!』

「良いことぉ…?」

『お月様の役、やってあげたら?』

その時でした。

お部屋からメルちゃんが飛んできました。

「お姉ちゃん、お手紙できた!!」

「そ、そう…?」

「メルちゃん、上手に書けたかな…」

「うん…でも読んじゃだめだよ?」

メルちゃんが封筒を手渡してきました。

先日買ってあげた、紺色のレターセットです。

「…読みたいなあ~」

「だめ!!」

「うそうそ、読まないって」

「…でね、お姉ちゃんに聞きたいことがあるの」

「ん…何かな」

「お月様の住所って、なあに?」

どうやらメルちゃんは本気のようです。

月に住所なんてあるはずありません。

お姉ちゃんは困ってしまいました。

「え、えーっと」

「お姉ちゃんは物知りだから、お月様の住所知ってるよね?」

「そうだね、えっとね…」

「…お姉ちゃんもしかして知らないの?」

メルちゃんがじーっと見つめてきます。

お姉ちゃんは汗が出てきました。

「あ、じゃあね」

「お姉ちゃんが明日出しとくからさ、お手紙…預かってもいい?」

「え~、メルがポストに出したいのに」

「お月様は遠いから、ポストじゃだめなんだよ」

「んー…じゃあそうする」

「読んだらだめだからね!!」

「分かってるって、ほら…もう寝る時間だよ」

メルちゃんがお部屋に戻ると、お姉ちゃんは頭を抱えました。

「えぇ…一体どうすれば」

「…お月様の役、か」

「可愛いメルちゃんのためだし…一役買ってあげようかなあ」

封筒にはシールで封がしてあります。

当然、読むためには剥がす必要があります。

『読んだらだめだからね!!』

「…メルちゃんごめんね」

シールを剥がすと、中には便せんが1枚入っていました。

その他に、フレークシールが数枚入っていました。

四つ折りにされた便せんをゆっくり開きました。

「どれ、中身は…」


お月さまへ

はじめまして、わたしはメルといいます。

お手がみをかいたのは、お月さまを見ていてきれいだなって思ったからです。

メルも、いつかお月さまに行ってみたいです。

これからいっぱいお話がしてみたいです。

おへんじをくれると、とってもうれしいです。

メルより


「可愛い手紙だこと」

「鉛筆で書いてあるのが子供っぽくて高得点だな」

「フレークシールも…プレゼントのつもりかな」

「私も昔こんなお手紙書いたりしたなぁ」

「あー、懐かしいわ」

突然、メルちゃんのお部屋のドアを開ける音が聞こえました。

「!!」

お姉ちゃんは心臓が飛び出そうになりました。

大慌てで手紙を机の下に隠すと、メルちゃんが出てきました。

「ん…お姉ちゃんまだ起きてたの」

「あ、その…テスト勉強をね…」

「メルちゃんこそどうしたの、眠れないのかな…?」

「…おトイレに起きただけだよ?」

「そ、そっか…行ってらっしゃい」

「うん」

まだ心臓がドキドキしています。

「し、死ぬかと思った…」

メルちゃんが戻ってきました。

「…お姉ちゃん」

「?」

「さっきのお手紙、見たらだめだよ?」

「分かってるって、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

メルちゃんが居なくなると、お姉ちゃんはまだ震えている手で手紙を封筒にしまいました。

「…さーて、と」

翌日、メルちゃんが学校のお友達にこんなお話をしました。

「メルね、昨日お月様にお手紙を書いたんだよ」

「えー、すごい!」

「私も書きたいなあ~」

「えへへ、いいでしょ~」

「でも、お月様にお手紙書いてお返事が来るのかな?」

「え?」

「だって、お月様って遠いよね」

「たしかに」

「届くまでとっても時間がかかりそうだね」

「じゃあ、今日は届かないかなぁ…残念だなあ」

「お返事が来たらまた教えてね!」

「うん!!」

下校時間になりました。

メルちゃんは一目散にお家に走っていきました。

「はぁ、はぁ…」

「ポストを開けるのがドキドキするなあ」

「お月様からのお手紙…入ってるかなっと」

ガチャ

「…うーん」

「まだ届いてないみたい」

「お友達が言ってた通りかなあ、遠いのかなあ」

ちょうど、お姉ちゃんが帰ってきました。

「あれ、メルちゃんどうしたの」

「あ、ただいま!」

「メルね、お月様からのお返事が来てないか見てたの」

「今日郵便局に行ったんだけどね、遠いからお返事が来るまで時間が掛かるって言ってたよ」

「え!じゃあ…」

「お返事が来るまで待とうね」

「やった!!」

メルちゃんは満面の笑みをしています。

お姉ちゃんのハードルがますます高くなりました。

「ケーキ買ってきたからさ、一緒に食べよ?」

「うん!!」

数日後…

「お手紙来ないなあ」

「メル、なにか変なこと書いちゃったのかなあ」

「お月様怒ってるのかなあ」

「…」

お月様からの返信が無く、落ち込んでいるメルちゃんはとぼとぼと歩いています。

空を見上げるとお日様が元気に光っています。

「…今日来てなかったら、お日様にお手紙を書いてみようかな?」

ポストを開けると、そこには1枚の封筒が入っていました。

黒地に箔押しで星空が表現されている、綺麗な封筒です。

「…え」

メルちゃんがそっと手に取ると、表にはメルちゃんの名前と住所が。

「メルにお手紙だ!」

「誰かな誰かな?」

ひっくり返すと…

「お、お月様より…!?」

「すごい!!」

「ほんとにお返事が来た!!」

靴も揃えずにお部屋に上がり、わくわくしながら封筒を開けます。

中には1通の便せんが。

「えーっと…」



メルちゃんへ

はじめまして、お月さまです。

ちきゅうの人からお手がみをもらったのははじめてだったので、とってもうれしいです。

メルちゃんのすんでいるところなら、今はまん月かな?

ぜひ、メルちゃんにいつか来てほしいです。

いっしょに新しいせいざを見つけようね。

またね。

お月さまより



メルちゃんは大興奮です。

あれほど待ち焦がれていた、お月様からのお返事が来たのですから。

お姉ちゃんが帰ってくるとメルちゃんは大喜びで報告してきました。

「お月様からお返事きた!!」

「良かったね~、なんて書いてあった?」

「それはひみつ!!」

「え~、お姉ちゃん気になるなぁ?」

「ねえねえ、またお手紙書いてもいい?」

「え…い、いいけど」

お姉ちゃんは若干嫌そうな顔をしています。

どうやら、手紙とかレポートとかいった類の作文が好きじゃないようです。

一方のメルちゃんは心の底から嬉しそうです。

「また書くから、待っててね!」

メルちゃんがお部屋に入りました。

「えー、作文苦手なんだよなあ」

「でもあんなに喜んでるメルちゃん久しぶりに見たな」

「相手してあげないとな…」

「…あれ、リリから何か来てる」



『メルちゃんのお手紙どうした?』

『書いてやったよ、そしたら大喜び』

『ほら、子供ってそういうの大好きなんだよ?』

『めんどくさがらずに相手してあげてね』



「…はあ」

その日から、メルちゃんとお月様との文通が始まりました。

メルちゃんは学校であった楽しいこと、悲しいこと…

お友達のように何でもお手紙に書きました。

その度に、お月様はちゃんとお返事をくれました。

メルちゃんは夢のようでした。

ある日のことです。

「メルちゃんのせいでやり直しになったじゃん!!」

「お姉ちゃんがそんなとこに置いとくのが悪いんだもん!!」

何やら二人が珍しくケンカしています。

メルちゃんがお姉ちゃんのレポート用紙の裏に落書きしたようです。

しかも期限は明日の朝です。

「も~~、いい加減にしてよ!!」

「提出明日なんだからね!?」

「メル悪くないもん!!」

「大体、メルちゃんっておこちゃまだよね」

「メル子供じゃないもん!!」

どう考えてもメルちゃんが悪いのですが、メルちゃんはなかなか引き下がりません。

「お姉ちゃんなんてだいきらい!!」

「私もメルちゃんなんて大っ嫌い!!」

二人はその日からそっけなくなってしまいました。

ご飯を食べるのもお風呂に入るのも一緒だったのが、今日からは別々です。

おはようもおやすみも言わなくなってしまいました。

「メルわるくないもん」

「悪いのはメルちゃんなんだから」

しかし、数日もすると二人ともこんな状況に我慢できなくなっていました。

メルちゃんもお姉ちゃんもお互いが恋しいのです。

お姉ちゃんはというと…

「…言い過ぎたかも」

「で、でも悪いのはメルちゃんだから」

「謝ってくるまで許さないからね」

一方のメルちゃんは…

「メル、わるいことしたなあ」

「お姉ちゃんあんな言い方しなくてもいいよね」

「でも…いまさらごめんなさいしにくいなあ…」

二人とももじもじしています。

その日の夜も、メルちゃんはおやすみなさいも言わずに寝てしまいました。

困ったお姉ちゃんはリリに連絡してみました。

『今ね、メルちゃんとケンカしてるの』

『…え!どうしたの!?』

『メルちゃんが私のレポート用紙に落書きしたんだ』

『なんとか間に合ったけど…メルちゃん謝ってこないからさぁ』

『許してあげなよ~、まだ子供なんだからさ』

『子供だからって甘やかしたらだめだって』

「…リリは甘いなあ」

「余計イライラしてきた…謝るまで許さないから」

ふと、メルちゃんがこれまで『お月様に手紙』と称して渡してきた手紙に目が行きました。

あれから実に15通になっています。

ケンカしてから、お月様とメルちゃんの文通が途絶えています。

「…ふん」

お姉ちゃんはふて寝しました。

翌朝、お姉ちゃんは大学が休みだったので起きてきませんでした。

平日なのでメルちゃんは学校です。

いつもならご飯を作ってくれるのですが、今日は菓子パンが机に置いてあるだけでした。

「…お姉ちゃん」

学校に行く時間になりました。

そろそろお友達が来て、一緒に登校する頃です。

メルちゃんはお姉ちゃんの部屋に入りました。

お姉ちゃんはまだ寝ています。

「…」

メルちゃんはメモ用紙に何かを書いて机に置きました。

「…行ってきます」

小さくつぶやいてから、部屋を出ました。

「…ふあぁ」

お姉ちゃんが起きたようです。

メルちゃんが出てから1時間後ぐらいでしょうか。

「メルちゃん…遅れずに行けたかねぇ」

「…なんだこれ」

机には、封筒とメモ用紙が置いてありました。

『お月さまにお手がみを書きました』

『出しておいてください』

『メルより』

「…!!」

お姉ちゃんが目頭が熱くなりました。

敬語で書かれていたからです。

普段ならこんなことないのに…と、急に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

「メルちゃん、お手紙書いたんだ…」

「い…一応読んでやろうかな」



お月さまへ

この前、おねえちゃんとケンカしてしまいました。

よく考えるとメルがわるいとおもいます。

あやまりたいけど、はずかしくてあやまれません。

メルはおねえちゃんが大すきです。

おこりんぼなときもあるけど、いつもやさしくて大すきです。

おねえちゃんとなか直りするにはどうしたらいいですか?

メルより



お姉ちゃんは号泣してしまいました。

涙が止まりません。

「メルちゃんごめんね、お姉ちゃんが悪かったね」

「許してあげるからね…」

しばらくして、返信を書き始めました。



メルちゃんへ

久しぶりだね。

お姉ちゃんと喧嘩しちゃったんだね。

きっと、お姉ちゃんはメルちゃんが謝るのを待ってるよ。

お姉ちゃんはもう怒ってないから大丈夫。

ちゃんと仲直り出来たら、またお手紙を下さいね。

お月様より



「これでいっかな…」

「メルちゃん、帰ってくるよね…?」

家のポストに投函しました。

夕方になり、メルちゃんが帰ってきました。

お月様と文通を始めてから、何もない日でもポストを覗くのが日課になっていました。

「…何か来てないかな」

ポストを開けると…

「…え」

「もう届いてる!!」

「お月様ありがとう!!」

いつもなら大はしゃぎでお姉ちゃんに報告するのですが、今日は黙って部屋に入りました。

お姉ちゃんはメルちゃんが帰ってきたのに気づいていません。

「わぁ、今日はこれまでで一番きれいな封筒だ」

「わくわくするなあ…」

中には、お姉ちゃんが今朝書いた手紙が入っていました。

しかし…

「…んー」

「習ってない漢字があって読めない…」

いつもなら手紙にやさしい漢字だけを使うのですが、今朝はそのことを忘れていたようです。

メルちゃんは困ってしまいました。

「…しょうがないよね」

そっとお姉ちゃんのもとに向かいました。

お姉ちゃんは無言でスマホをしています。

「…あ、あのね」

「帰ってたの?」

「お手紙を出してくれてありがとう」

「…」

「漢字が読めないから、メルに読んで欲しい…」

お姉ちゃんはどきっとしました。

「だめ…?」

「い、いいよ」

「えっと…読みます」



メルちゃんへ

ひさしぶりだね。

おねえちゃんとけんかしちゃったんだね。

きっと、おねえちゃんはメルちゃんがあやまるのをまってるよ。

おねえちゃんはもうおこってないからだいじょうぶ。

ちゃんとなかなおりできたら、またおてがみをくださいね。

おつきさまより



「…お姉ちゃん?」

お姉ちゃんは泣いていました。

「なんで泣いてるの…?」

「お姉ちゃん、もう怒ってない?」

「ごめんねメルちゃん、お姉ちゃん大人なのにいじわるしたね…」

「あのね、メルもね、落書きしてごめんなさい…」

お姉ちゃんはメルちゃんを強く抱きしめました。

「わ!!」

「メルちゃん大好き」

「大好きだよ」

「大好きだから…お姉ちゃん許してくれる?」

「…メルもお姉ちゃんのこと大好きだよ」

「また一緒にごはん食べれる…?」

「もちろんだよ…」

「一緒にお風呂入ってくれる…?」

「もちろんだよ…」

二人はやっと仲直り出来ました。

今日のご飯はもちろん、オムライスでした。

翌朝…

「お姉ちゃんおはよう!!」

メルちゃんが元気よく起きてきました。

お姉ちゃんも元気に挨拶を返しました。

「あのねあのね、お姉ちゃんにお手紙書いたから…読んでほしいな」

「あはは、分かったよ…え?」

「お姉ちゃんに?」

「うん!!」

「わ…わかった」

お友達が迎えに来ました。

「行ってきます!!」

「行ってらっしゃい!!」

「…あ、もうこんな時間!!」

「手紙は…夜の楽しみに取っておくかな」

その夜、お姉ちゃんはメルちゃんが書いた手紙を読みました。



おねえちゃんへ

この前はらく書きをしてごめんなさい。

もうやらないってやくそくします。

だから、メルとこれからもなか良くしてほしいです。

メルはおねえちゃんのことが大すきです。

ずっといっしょにいたいです。

またお出かけしようね。

メルより



「…メルちゃん、ありがと」

水面に映る満月が、風に揺れて微笑みました。

おしまい

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