【小説】メルちゃんのオムライス

はじめにお読みください。




「今日はなんの日か…知ってる人ー?」

「母の日!!」

「お、よく知ってるね~」

「今日は母の日です」

「普段みんながお世話になっている人にね、なにか良いことをしてあげてほしいな」

「いいこと?」

「そうでーす、と言っても何か特別なことじゃなくてもよくて」

「例えばお掃除してあげるとか、肩たたきしてあげるとか」

「お家の人ね、きっと喜ぶと思うよ~?」

帰りの会で、先生はみんなに言いました。

一方のメルちゃんは居眠りしているようです。

「…すぅすぅ」

「あ、寝てる人発見!」

クラスのみんなが探し始めました。

「(寝てるの、だれだれ?)」

「(…あ、メルちゃんだ!)」

「(おこられるかな?)」

先生はこっそりメルちゃんに近づきました。

そして…

「わっ!!」

大声でメルちゃんを起こしました。

すると…

「わあ!!」

「な、なになに!?」

「メルちゃんおはよう」

クラスのみんながにやにやしながらメルちゃんを見ています。

先生も同じくにやにやしています。

メルちゃんは何がなんだか分かりません。

「メルちゃん、先生がさっき何て言ってたか覚えてるかな?」

「え、えーっと…」

「明日の給食は、オムライスですって言ってた」

「お、よく聞いてたね~」

「え!ほんとう!?」

クラスのみんなが笑っています。

メルちゃんは恥ずかしそうです。

「今日は母の日だからお家の人に何かしてあげてね、って言ったんだよ」

「わ、わかった…」

「じゃ、今日はここまで!」

「みんな明日も元気でね~」

隣の席のおともだちが帰る準備をしながら言いました。

「ねえメルちゃん、お家の人になにするの?」

「え?」

「もう、さっき先生が言ってたじゃん」

「お家の人に何かしてあげましょうって」

「何か…」

「わたしはね、お部屋のお掃除をしてあげるの!」

「メルちゃんは?」

「んー、思いつかない…」

「メルちゃんってさ、オムライス好きじゃん」

「うん」

「お家の人に作ってあげるのはどう?」

「め、メルが?」

その日の夜です。

「ねえねえ、今日はなんの日かしってる?」

「え?」

「今日はね、母の日だよ!」

「ふーん、そういやそんな日もあったね」

「おねえちゃんはお母さんに何かしないの?」

「え~?」

「別に何も…めんどくさいし」

「お、もしかしてメルちゃん何かしてくれるのかい?」

「えへん、その通り!」

「お、嬉しいな~」

お姉ちゃんはニコニコしています。

大好きなメルちゃんに何かしてもらえるのが嬉しいのです。

そこで、メルちゃんは自慢げに言いました。

「メルね、お料理してあげる!」

「料理…ね」

メルちゃんは料理がへたっぴです。

いつも何かを作っては失敗しています。

この前は全面黒焦げの卵焼きを作りました。

その前は焼きすぎてカチカチになった目玉焼きを作りました。

次の作品…いや、お料理は何でしょうか。

「お料理してくれるんだ」

「うん!」

「あ、ありがと…」

「オムライス作ってあげるからね!」

「オムライスかぁ」

「んー、わかった…」

「じゃあ今度の土曜日に作ってくれるかな」

「えへへぇ、楽しみにしててね」

土曜日になりました。

メルちゃんはお家にあったレシピ本を熟読しています。

「ほんとに作ってくれるの?」

「うん」

「オムライス…あれ、材料が足りないかも」

「…え」

二人で冷蔵庫をのぞくと、どうやら卵とお肉がありません。

「ねえねえ、お買い物行こうよ」

「ん~…暑いし行くのめんどくさいなぁ」

「行こうよ~」

「メルちゃん行ってきてよ」

「め、メルひとりで?」

「うん」

メルちゃんは不安そうな顔をしています。

一人でお買い物に行ったことが無いのです。

「…お買い物ついてきて」

「え~、じゃあ…オムライス作らなくていいよ」

「え!!」

「家に冷凍食品とかあるしさ」

「やだ!オムライス作るの!!」

メルちゃんはどうしてもオムライスが作りたいようです。

しかし、卵とお肉の無いオムライスはただのオレンジ色をした焼き飯です。

「メルちゃんが買ってきてくれたほうがね、美味しくなるとおもうよ」

「…そうなの?」

「あ、あれだね…初めてのお使いってやつ」

「あんなにちっちゃい子がやってるんだからメルちゃん行けるっしょ」

「…おばけがでるかも」

「こんなに明るいから…おばけなんて出ないよ」

「…わるいひとがいるかも」

「不審者ってやつ?」

「ここらじゃそんな人いないって」

「…」

メルちゃんは意を決しました。

最寄りのスーパーまで歩くと10分ぐらいです。

お姉ちゃんにお金を貰ってからお家を出ていきました。

「…大丈夫かね、ほんとに」

メルちゃんは持ってきたメモを見ながらつぶやきました。

「卵とお肉だよね」

「買って帰るだけだもん、怖くないもん」

いつもお姉ちゃんと歩く道ですが、ここを一人で歩くのは初めてです。

メルちゃんの他には誰もいません。

「こ、怖くないもん…」

メルちゃんはドキドキしてきました。

お姉ちゃんとぎゅっと手を繋いで歩いたことしか無いのですから。

「怖くないもん!!」

メルちゃんは一人でいるのが急に怖くなり、走り出しました。

やがて、スーパーに到着しました。

メルちゃんは汗びっしょりです。

「はぁ、はぁ…」

「あ、いらっしゃい…あれ?」

いつもの店員さんです。

メルちゃん一人だけで来たことに違和感を感じています。

「メルちゃんこんにちは、今日は一人かな?」

「…というかすごい汗だね、そんなに暑いかなぁ」

おばけが怖くなったのは秘密です。

「えっとね、今日はその…お姉ちゃんは寝てるの!」

「ふーん、可愛い子には旅をさせよとは言ったものだねぇ」

「え、メルかわいい?」

「ふふ、そうかもね」

メルちゃんは目的を思い出したのか、かばんからメモを取り出しました。

「あのね、オムライスの材料が足りないから来たの」

「メルちゃんほんとオムライス好きだねぇ」

「毎日食べたいもん」

「…で、何を買いに来てくれたのかい」

「えーっと…卵とお肉だよ」

「そっか、じゃあ…はい、カゴだよ」

「選んで持ってきてね」

「わかった!」

メルちゃんはさっそく、生鮮食品売り場に向かいました。

「あった!」

「卵と…お肉」

「…あ」

メルちゃんはふと、お菓子コーナーに目が行きました。

お金は十分に貰っていますが、買っていいとは言われていません。

でも、メルちゃんは我慢できなくなりました。

「チョコレート欲しいなぁ」

「ポテトチップスも」

「帰り道で食べたらバレないよね」

「おねえちゃんには内緒」

レジに行くと、いつもの店員さんがニコッと笑いました。

「はい、よく出来ました」

「カゴをくれるかい」

「うんしょ…」

「…あれ、なんかお菓子が入ってるけど」

メルちゃんはどきっとしました。

「え、えっとね、それも頼まれたんだよ」

「そう?」

「ならいいけど…はい、お金を出してくれるかな」

「これと…これ!」

メルちゃんはお釣りを受け取るとお店から出ていきました。

もちろん、店員さんはメルちゃんがお菓子を勝手に買ったのを見抜いていました。

「メルちゃん怒られなきゃいいけど」

「…ん?」

お釣りが100円、残っていることに気が付きました。

「こりゃ大変だ、届けないと」

メルちゃんは上機嫌で歩いています。

自分でお菓子を買ってこっそり食べることが楽しみで仕方ないのです。

悪いことだと分かっていても、それが逆にメルちゃんをわくわくさせます。

「るんるん、どこで食べようかな~」

「あ、あそこがいいかも…」

メルちゃんはベンチに座りました。

「…ジュースも欲しかったなぁ」

「戻って買ってこようかな?」

メルちゃんがお店の方向を向くと、誰か走って来るのに気が付きました。

何か言っているように聞こえます。

「わ、悪い人!?」

「やだ!メルなにもしてない!!」

メルちゃんは慌てて走り出しました。

「あ!走ってる!」

「もう、この100円どうすりゃいいのさ」

「…まぁ、また来た時でいいか」

その頃、お姉ちゃんはメルちゃんを心配していました。

やけに帰ってくるのが遅いのです。

「おっそいなあ…どうしたんだろう?」

「おばけでも出てさらわれたのかね」

「…まさかね」

ドアを開ける音がしました。

心配したお姉ちゃんが急いで行くと、汗だくのメルちゃんが立っていました。

「た、ただいま…はぁ、はぁ」

「おかえり…って、どうしたのその汗」

「なんでも…ない…」

「なんでもありそうだけど…」

「お、おみず飲みたい」

「わかった…」

メルちゃんが一息付いたところで、お姉ちゃんが言いました。

「…シャワーでもしてくる?」

「すごい汗だし」

「…うん」

メルちゃんがシャワーしている間、お姉ちゃんはかばんの中身を見ました。

そこには、メルちゃんが隠れて食べる予定だったお菓子が入っていました。

メルちゃんはそのことをすっかり忘れていたようです。

「あ!メルちゃんお菓子買ってるじゃん!」

「も~、買い食いしようとしたのかね」

「走って帰って来てたし、やっぱり怖くなったんだね」

「…ちょっとだけ叱ろうかな?」

メルちゃんが戻ってきました。

自慢の毛並みがふわふわしていて、とってもいい匂いがします。

「メルちゃん」

「なあに?」

「これ、どうしたの?」

メルちゃんは机の上にチョコレートとポテトチップスが並べてあるのを見つけました。

「…あ!!」

「メルちゃん、スーパーで何買ってくるんだったっけ?」

「えっとね、それはね、あのね」

「正直に言わないと怒るよ?」

「あ、やだ!!」

「じゃあ教えてくれる?」

お姉ちゃんはいじわるそうにメルちゃんに詰め寄ります。

メルちゃんは目が泳いでいます。

シャワーしたばかりなのに、また汗が出てきました。

ふと、メルちゃんはとてもいいワードを思いつきました。

「か、隠し味だよ!!」

「…は?」

お姉ちゃんは目を丸くしています。

オムライスの隠し味がチョコレートとポテトチップスだなんて聞いたことがありません。

「隠し味だもん!!」

「ふーん」

メルちゃんが泣きそうな目で見つめてきます。

つられて、お姉ちゃんも何故か泣きそうになりました。

「な、なーんてね…」

「隠し味ね、わかりました」

「じゃあメルちゃん、さっそく作ってくれるかな」

「わ…わかった!!」

メルちゃんにエプロンをかけてあげると、嬉しそうに台所に走っていきました。

「手伝いたいけど…一人でさせたほうがいいわな」

「心配だな…」

「メルちゃんドジだから包丁で手切ったりしないかな」

「フライパンでやけどしないかな」

「…」

過保護気味なお姉ちゃんはやたら心配しています。

一方のメルちゃんは上機嫌でお料理しています。

さっそくチキンライスが焦げてきていますが、そんなのお構いなしといった様子です。

台所からあやしい匂いがしてきてお姉ちゃんはさらに心配になりました。

しばらくすると…

「できた!!」

メルちゃんの元気そうな声が聞こえてきました。

「お、出来たのかな…見てきますかぁ」

メルちゃんがニコニコしながら台所に立っています。

「メルちゃん、できた?」

「うん!!」

「はい、どうぞ!!」

メルちゃんが差し出してくれたお皿にはとてもオムライスに見えないお料理が乗っていました。

チキンライスは焦げて、卵はぐちゃぐちゃです。

それでも、メルちゃんはすごく嬉しそうににこにこしています。

「あ、ありがと」

「ねえねえ、ケチャップで何か描いて!」

「え~?」

「メルの顔描いて!」

「おねえちゃん上手でしょ!」

「…よーし」

二人はオムライス…のようなお料理を食べ終わりました。

味付けは上手なようで、お姉ちゃんはちょっとだけ関心しました。

メルちゃんは洗い物を始めました。

「お皿も洗ってくれるなんて楽だこと」

「毎日母の日にならないかな」

「…お料理ねぇ、私ももっと上手になりたいな」

「メルちゃんは作ったものなんでもおいしいって言ってくれるけど」

「…ん?」

隠し味のはずのチョコレートとポテトチップスが机の下に隠してあるのに気が付きました。

お姉ちゃんは思わず笑ってしまいました。

「ま、分かってたけどさ」

「隠し味だなんて、メルちゃん可愛いね~」

「どれ、からかってやろっと」

メルちゃんが洗い物を済ませて戻ってくると、机の上にお菓子が並べてありました。

それを見て、メルちゃんは心臓が飛び出そうになりました。

「あ、あのね…えっとね…」

「メルちゃん、これ…なーんだ?」

「えっとね、それはね…」

「隠し味って言ってたけど…これ開いてないよね」

「もしかして…隠し味じゃなくて、メルちゃんひとりで食べたくて買ったのかなぁ?」

「ち、ちが…」

メルちゃんは今にも泣きそうです。

お姉ちゃんに怒られるのが怖いのです。

「正直に言ったら怒らないであげるよ」

「…」

「メルちゃん、このお菓子…なんで買ったのかな?」

「…買って食べようとしたから」

「そっか」

「ごめんなさい…」

メルちゃんが小さい声で謝ると、お姉ちゃんは笑顔で言いました。

「ちゃんとごめんなさいが言えてえらいね」

「メルちゃん一人でお買い物出来たから…ご褒美に食べてもいいよ」

「え…本当!?」

「今回だけだよ?」

とたんに笑顔になったメルちゃんがお姉ちゃんに抱きつきました。

「お姉ちゃんだいすき!!」

「もう~、メルちゃん可愛いんだから!!」

翌日

「お姉ちゃんちょっと出てくるから、お留守番しててくれる?」

「わかった!」

「冷蔵庫のプリン食べてもいいからね」

お姉ちゃんが出ていきました。

メルちゃんがプリンを頬張っていると、机の上に何かノートのようなものが置いてあるのに気が付きました。

「あれ?」

「お姉ちゃん忘れ物してる」

「大丈夫かなあ?」

よく見ると、表紙に『Diary』と書いてあります。

しかし、メルちゃんは英語が読めません。

「な、なにこれ?」

「見てもいい?」

「…バレないよね」

メルちゃんはこっそり日記を見てしまいました。

◯月◯日

今日はメルちゃんと水族館に行った。

メルちゃんはしゃいでたので、行ったかいがあった。

また行こうね。

△月△日

メルちゃんが転んで怪我をした。

絆創膏を貼ってあげたけど、大丈夫か気になる。

泣かずに我慢してえらいと思った。

「わあ、メルのことがいっぱい書いてある!」

「嬉しいな~」

そして…

☆月☆日

今日はメルちゃんにオムライスを作って貰った。

卵の殻が入ってたし、肉が焦げて硬かった。

下手っぴだけど、すごく嬉しかった。

メルちゃんありがとう。大好きだよ。

「へ、下手っぴ!?」
「メルお料理へたくそなの?」

ドアを開ける音がしました。

「ただいま…あ!」

「わ!おねえちゃん!」

「ちょっと、勝手に日記見ないでよ!」

「ご、ごめんなさい!!」

お姉ちゃんが慌てて日記を取り上げました。

メルちゃんは怖がって耳が垂れています。

「…ま、いいけどさ」

「大したこと書いてないし」

「…あのね」

「ん?」

「昨日のページを読んだの」

「あぁ、オムライスね…作ってくれてありがとう」

「メル…お料理へたっぴなの?」

「ん?そんなこと書いてたっけ」

お姉ちゃんが日記を見ると、たしかに『下手っぴだけど、すごく嬉しかった。』と書いてあります。

メルちゃんは悲しそうにしています。

「メルちゃん、あのね」

「お料理はへたっぴだけど…気持ちがこもってて嬉しかった」

「…そうなの?」

「メルちゃんの隠し味って、楽しい気持ちなんだね」

「そ、そうかなぁ…えへへ」

メルちゃんは笑顔になりました。

もちろん、お姉ちゃんもニコニコしています。

「メルちゃんこの前お釣り忘れてたんだって」

「え、そうなの?」

「走って追いかけたけど…メルちゃんも走って帰っちゃったって」

「店員さんだったんだ!」

「?」

「な、なんでもないよ」

ふと、メルちゃんが台所のフライパンを見ました。

「…メルね、お料理上手になりたいな」

「お、やる気になったみたいだね」

「おいしいオムライスが作りたい!」

「じゃあ…また今度、お姉ちゃんと一緒にお料理しよっか?」

「うん!!」

おしまい

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