【小説】いつか見た夕焼け

はじめにお読み下さい。




「ねえねえ、まだ着かないの?」
「もう少しだよ~」

今日のメルちゃんはご機嫌です。
お姉ちゃんが1日留守にするので、代わりにリリが子守をしているのです。
今日は晴れ。
暑くもなく寒くもない、お出かけにうってつけの日です。

「はい、到着!」
「海だ!!」
「あ!ちょっと待って!!」

海が見えるとすぐ、メルちゃんは興奮気味に走り出しました。
ここは海水浴場。
と言ってもオフシーズンなので、泳いでいる人は誰も居ません。
遠くに海岸を散歩している子連れが見えるぐらいです。

「もう、メルちゃん勝手に行っちゃダメだよ~」
「だって海なんだもん!!」
「泳いじゃだめだよ?」
「…あ、確か去年の通信簿に」
「ちがうもん!!」

メルちゃんはプールの授業が大の苦手です。
一方でかけっこは大の得意です。

「うふふ、メルちゃん走るのは早いんだから」
「今年はね、泳げるようになるんだよ?」
「応援してるね」
「えへん!」

メルちゃんは何やらかばんをごそごそと漁っています。

「ん、メルちゃんどうしたの?」
「忘れ物かな」
「…あった!!」

メルちゃんはリリに何かを見せつけました。

「貝殻?」
「これはね、メルが去年見つけた宝物だよ」
「へぇ、おっきい貝殻だね」
「でしょでしょ、うらやましいでしょ!」

宝物…と言っているのは、5cmぐらいの長さをした巻き貝です。
先端がちょっと欠けていますが、綺麗な紅色をしています。
これを見つけたのはお姉ちゃんだったのは、リリに内緒です。

「今日はね、これよりおっきいかいがらを見つけるの!!」
「うんうん、私も手伝っていいかな?」
「いっしょに探すの?」
「あ…邪魔だったら、私は本でも読んでるけど」
「じゃあ、リリも一緒にさがそ!!」
「それじゃあ…貝殻探しスタート!」

二人は取り敢えず波打ち際を歩いてみました。
メルちゃんはじーっと砂浜に目を凝らしています。

「あ、メルちゃんこれ見て」
「ちょっと小さいけど、巻き貝だよ」
「メルのやつよりちっちゃいね」
「だね、きっとまだ子供なんだろうね」
「…」
「メルちゃんどうしたの?」

メルちゃんは何か考え事をしています。

「ねえ、この巻き貝に住んでた生きものはどこに行ったのかなぁ」
「え、考えたこと無かったなぁ」
「…しんじゃったのかな?」

リリはちょっと驚きました。

『メル子供じゃないもん』

メルちゃんの決まり文句が脳裏に浮かびました。
この子はもう子供じゃないのかも、そんな気がしました。

「リリ?」

メルちゃんに腕を引っ張られました。

「あ、ごめん」
「…メル知ってるんだよ?」
「この前学校の先生が言ってたの」
「先生が?」
「うん」
「こういうのは、『しょくもつれんさ』って言うんだよね」
「…」
「リリ?」

リリは驚きを隠せません。
こうやって子供は大きくなっていくんだな、そう思いました。

「ねえねえ、どうしたの?」
「もしかしてメルと貝殻探すの…つまらない?」
「メルちゃん」
「なあに?」
「私はね、食物連鎖の頂点だ~!!」

リリは急にメルちゃんを強く抱きしめました。

「わぁ!!」
「食べてやるぞぉ~!」
「やめて~!!」
「…なーんて、ね」

メルちゃんはケホケホと咳をしました。
リリは笑っています。

「メルちゃんよく知ってるね」
「でもね…その貝殻はきっとヤドカリさんが住んでたと思うよ」
「そうなの?」
「うふふ…そんな気がするの」
「お引越しなら、悲しくないよね」
「…うん!!」

二人は気を取り直して貝殻探しを再開しました。
波打ち際にはめぼしいものが無かったので、消波ブロックが積んである所に行きました。
いつ設置されたのでしょうか、コンクリートの角が丸みを帯びています。

「ふぅ、ちょっと休憩しない?」
「リリもう疲れたの?」
「普段こんなに歩かないんだもん」
「ちょっとあそこに座ってるね…」
「メルはかいがら探しててもいい?」
「いいけど…海に入っちゃだめだからね?」
「わかった!!」

リリは砂にすっかり埋れている消波ブロックに座りました。
リュックから水筒を取り出して二口ほど飲みました。

「う~、靴に砂が入ってるし」
「それに…陽が照ってきたな」
「日焼け止め付けてないよ~」
「…あ」

目を凝らすと、海の向こうに離れ小島が見えます。
空気が一段と澄んでいるので、くっきりと島の形をしています。

「すごいね、今日はレアな日だよ」
「あの島にはどんな生き物が住んでるのかな」
「…そうだ」

リュックを下ろしてスケッチブックを取り出しました。
いつでも何か描けるように、ミニサイズのものを携帯しているのです。

「気が向いたから、ちょっとだけお絵描き」
「何描こうかな~っと」

しばらくしてメルちゃんが戻ってきました。
リリが真剣に何かを描いています。
メルちゃんは『かいがら見つけたよ』と言おうとして口をつぐみました。

「何描いてるのかなぁ」

メルちゃんがそっとリリに近づくと…

「…わ!!」
「ねえねえ、何描いてるの?」
「もう、驚かせないでよ~」
「おどろかせてないよ?」
「…ま、いいや」
「ちょうど完成したところでーす」

スケッチブックに描かれていたのは、目前に広がっている海です。
浮かんでいる雲も精巧に描写されています。
それに、太陽の眩しさも上手く表現されています。

「わぁ、やっぱりリリは上手だね!!」
「えへへ、そうかなあ?」
「で、メルちゃん何か見つかった?」

メルちゃんはしょんぼりした様子で言いました。

「ううん、何も見つからなかった…」
「そっか…」
「どうする?もっと探してみる?」
「見つかるかなあ?」
「私も手伝うから…今度はあそこがいいかも?」
「…うん」
「じゃ、行こっか」

今度は来た道と正反対のほうに歩いてみました。
足跡が無いので、今日はまだ誰も足を踏み入れていないようです。
メルちゃんはご機嫌です。
砂を蹴って歩いてみたり、小石を拾って海に投げてみたり。
今は流木を拾って振り回しています。

「メルちゃん、なんだか嬉しそうだね」
「リリと一緒に居るだけで楽しいんだもん」
「え~、そんな嬉しいこと言われたら張り切っちゃうな」
「ちょっとだけ本気出してみようかな?」
「メルとどっちが先に見つけるかきょうそうする?」
「いいよ、じゃあ…スタート!!」

メルちゃんとリリは二手に分かれました。
メルちゃんは波打ち際、リリはその手前の漂着物がたくさんある箇所です。
二人とも真剣な様子です。

「…ん~、今年はかいがら無いのかなあ?」
「ヤドカリさんどこ行っちゃったんだろう?」

「なーんか、ヘンなゴミばっかりだな」
「何これ…読めない文字だね」

どうやら二人とも貝殻が見つからないようです。
気がつくと薄暗くなってきていました。
ちょっと心配になり、リリはメルちゃんの所に行きました。

「メルちゃん、見つかった?」
「ううん…」

しょげた様子のメルちゃんを見て、リリも何だかしょんぼりしています。

「あ、メルちゃん…あれ見て」
「…?」

海の向こうに夕焼けが広がっています。
太陽が沈みかけているところでした。

「夕焼けだよ、綺麗だね」
「…メルさみしい」
「え、どうして?」
「今日が終わっちゃうから」
「また明日が来るのに?」
「…」

メルちゃんはぼーっと夕焼けを見ています。
リリも何となく夕焼けを眺めていると、ふと昔の光景が浮かびました。



「もう、帰る時間だよ!」
「やだ!!まだ遊ぶの!!」
「そんな事言うと置いていくよ?」
「あ!待って!!」



「…夕焼けって、いつの時代も変わらないね」
「リリ何か言った?」
「あ…ううん、何も」
「メルちゃん、今日はもう帰ろうね」
「うん…」

メルちゃんは夕焼けに向かって手を振りました。
それを見たリリも控えめに手を振りました。

その後二人は夕陽が沈むのを見届けました。
すっかり薄暗くなりました。

「メルちゃん、帰ろっか」
「…また会えるよね?」
「何に?」
「…リリに」

メルちゃんはリリの目を見つめています。

「もう!」

リリはしゃがんでメルちゃんのおでこをピンッと弾きました。

「わぁ!!」
「また会えるに決まってるでしょ」
「…ぜったい?」
「当たり前だよ」
「あ、そうだ」

リリは近くに落ちていた木の棒を拾いました。

「相合い傘描かない?」
「あいあい…?」
「仲良しな二人の名前を描くの」
「描く!!」

「こうして…よーし、私の名前は描いたよ」
「メルはここの右に描くの?」
「そうだよ、はい…どうぞ」

メルちゃんが名前を描き終えると、リリはメルちゃんに何かを見せました。

「これ見て」
「あ!すごい!!」

リリが持っていたのは、ハートの形をした貝殻です。
さほど大きくありませんが、ピンク色をしていて綺麗です。

「これ、傘のさきっちょに置きたいんだけど」
「ハートのかさにするの?」
「あ、持って帰りたい?」
「かさにする!!」
「そしたら私達仲良しこよしってことかも?」
「メルが置いていい?」
「もちろん、はい…どうぞ」

傘の先端に貝殻を置きました。
相合い傘の完成です。

「メルちゃん、また貝殻探しに来ようね」
「ぜったいだよ?」
「ふふ、そうだね」

二人は手を繋いで帰りました。
なんでもない日のことでした。

おしまい

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