【小説】折り鶴

はじめにお読みください。

「…あれ？」

「メルちゃん起きてこないぞ…どうかしたのかな」

今日は平日。

祝日でも記念日でもなんでもない日です。

普段ならメルちゃんが眠い目をこすって起きてくる時間ですが、いつまで経ってもお部屋から出てきません。

心配になってメルちゃんのお部屋に向かいました。

「メルちゃん？」

「起きる時間だよー」

「…どうしたのかな」

「入るよ？」

お姉ちゃんがお部屋に入ると、メルちゃんがベッドの上でぼーっとしていました。

なんだかいつもと違う様子です。

「メルちゃんどうしたの？」

「もう起きる時間だよ、遅刻しちゃうよ？」

メルちゃんは相変わらずぼーっとしたままです。

「あ…もしかしておねしょしちゃったかな」

「怒らないからね、お着替えしよっか」

メルちゃんは首を横に振りました。

すると…

「…あのね」

「うんうん」

「なんか、あつい」

「…暑い？」

室温計を見ても特に暑い温度ではありません。

ふと気になり、メルちゃんのひたいに手を当てました。

すると…

「わ、すごい熱！！」

「メルちゃん大丈夫？」

「…あつい」

「こりゃ大変だな…学校お休みの連絡しなきゃ」

「おやすみ…なの？」

「当たり前でしょ…風邪か何か分からないけどおともだちにうつしちゃったら大変だから」

今日は家庭科の調理実習の日。

どれだけメルちゃんが待ちわびていたことでしょうか。

フルーツポンチを作るんだよ、と教えてくれていました。

残念ですが、お姉ちゃんは学校にお休みの連絡をしました。

「メルちゃん熱が出ちゃいまして…はい、はい」

「治ったらまた連絡します…」

電話を切ると、メルちゃんがこちらを見ているのに気づきました。

「先生ね、『お大事に』って言ってたよ」

「がっこういく…」

「だめだよ、病院行くからお着替えして」

「え、びょういん…！」

メルちゃんは病院が大嫌いです。

予防接種の注射で大泣きしてしてからというものの、メルちゃんを病院に連れて行くのがとても大変なのです。

しかし、今日はよほどえらかったのか大人しく言うことを聞きました。

「ちゅうしゃやだ…いたいことする？」

「さぁ…お医者さんが何て言うかだね」

「…」

苦しそうなメルちゃんのお着替えを手伝ってあげてから、二人は病院に向かいました。

平日というのもあり、すぐに呼ばれました。

「今日はどうしましたか」

「この子が熱を出してしまいまして…」

「なるほど、メルちゃんちょっといいかな」

「…うん」

しばらくして、先生が診察を終えました。

「風邪ですね、お薬を出すので様子を見てくれますか」

「あの、点滴とかはしなくていいですか」

「あ、やだ…！！」

「メルちゃん、静かにして」

「やだ…」

「んー、してもいいですけど…どうしますか」

怖がっているメルちゃんを見て、お姉ちゃんは躊躇してしまいました。

大泣きするメルちゃんを想像するだけでとても悲しくなるのです。

「…ま、いいか」

「分かりました、悪化したらまた来て下さい」

メルちゃんをだっこして待合室の椅子に座らせました。

「ちゅうしゃしなくていいの…？」

「注射したくなった？」

「いや…」

「そのかわり、ちゃんとお薬飲んでよ？」

お薬を飲むのも苦手なメルちゃんですが、しばらくするとゆっくりうなずきました。

帰りに栄養補助食品を買って帰ると、すぐにメルちゃんをベッドに寝かせました。

「お腹すいた？」

「…ううん」

「えー、何か食べてからじゃないとお薬飲めないよ」

「ちょっとでもいいから食べてよ、ね？」

「…わかった」

3口ほどゼリーを食べたところで、お姉ちゃんがお薬の準備をし始めました。

メルちゃんはものすごく嫌そうな顔をしています。

「…はい、朝昼晩に粉薬が出てるから」

「メルちゃん自分で飲める？」

「…のめない」

「はい、あーんして…」

なんとかメルちゃんにお薬を飲ませてから、処方箋に何か書いてあるのに気づきました。

「ん？なんか書いてあるぞ」

「えーっと…」

『お薬飲めたら褒めてあげて下さいね。』

「はぁ、そうですか」

「…おねえちゃんどうしたの」

「え、いや…何でもないよ」

「お、お薬上手に飲めたね、よしよし」

「メルねむい…」

「せっかく褒めたのに」

「…ね…むい」

「…寝てていいからね」

「わかった…」

「何かあったらすぐに来てね」

「うん…」

横になったメルちゃんがしばらくして寝息を立てているのを確認してからお部屋を出ました。

「薬が飲めただけで褒められるだなんて、子供はいいなぁ」

「誰か私を褒めて欲しいもんだよ」

「大人になると褒められることなんてないもんな」

時刻は10:00頃です。

ふと気になり、スケジュール帳を見ました。

「…げ！！」

「今日色彩学のテストの日じゃん！！」

「え～、今から行っても間に合わないよぉ」

「どうだったっけなぁ、再試あったっけなぁ」

「これ以上ヘンなことすると単位が…」

「でもメルちゃん置いて行くなんて絶対無理だし…」

慌てて来週のスケジュールも見ると、『（再試）』の文字が。

「あー良かった…でも他の授業出れないじゃん」

「単位がぁ…」

その頃、メルちゃんは熱で悪夢にうなされていました。

一体どんな夢を見ているのでしょうか。

「ばいばい！！」

「またあしたね！！」

メルちゃんがおともだちにお別れの挨拶をしました。

「楽しかったな～」

「お姉ちゃんに教えてあげなきゃ」

お家に帰ると、いつもは帰っているお姉ちゃんがいませんでした。

「あれ？」

「どうしたのかな、お出かけしてるの？」

机の上に何か置いてあります。

「なんだろう？」

そこには、折り紙が置いてありました。

色鉛筆で何か書いてあります。

『ばいばい』

メルちゃんは目を疑いました。

汗が止まりません。

「えっ、えっ…」

「どういうこと？」

「お姉ちゃんどこ行ったの？」

「ばいばいって、また帰ってくるよね？」

「メルなにか悪いことしたのかな、どうしようどうしよう」

お姉ちゃんはいつまで経っても帰ってきません。

どんどん不安がつのります。

夜になってしまいました。

「もう帰ってこないの？」

「メルおなかすいたよ…？」

「給食で出たピーマン食べられたよって教えてあげたいのに…」

「お風呂も入りたいよ…？」

「水鉄砲じょうずにできるようになったから見せてあげたいのに…」

「…」

メルちゃんはどうしようもなくなって自分のお部屋に入りました。

そして、ベッドの上に座りました。

お姉ちゃんにおやすみを言わずに夜を迎えるのは初めてです。

「あ、明日には戻ってくるよね」

「ずっと寝てたら、遅刻するよ！って起こしてくれるよね」

「…」

メルちゃんは窓際に何か置いてあるのに気が付きました。

赤い折り鶴です。

『ねえ、ツル折って！！』

『え、お姉ちゃんやりかた忘れたかも』

『いいからいいから』

『んー、ちょっと待ってね…はい』

『わぁ、じょうずじょうず！！』

『メルもツルおりたい！！』

『じゃあお姉ちゃんと一緒に練習しよっか』

『うん！！』

昔、こんな会話をしたのを思い出しました。

これはその時お姉ちゃんが折った鶴です。

「お姉ちゃんのツルだ」

「なんでここにあるの？」

メルちゃんは折り鶴を手にしました。

最後の口だけメルちゃんに折らせてもらった、思い出の折り鶴です。

「メルさみしい」

「いつもテストの点数が悪いから、怒って出て行っちゃったのかな」

「お勉強頑張るから帰ってきてよ」

「たまにお姉ちゃんにいたずらするから、怒って出て行っちゃったのかな」

「もう日記にらくがきしないから帰ってきてよ」

「お姉ちゃん…」

「お姉ちゃん！！！！」

その時でした。

お部屋のドアをノックする音が聞こえました。

メルちゃんは飛び起きました。

「メルちゃーん、お昼になったからお薬飲もっか」

「…あれ、どしたの」

お部屋に入ると、メルちゃんがすごい形相でこちらを見つめています。

しかも、すごい汗をかいています。

「あの、メルちゃん…大丈夫？」

「具合悪くなったかな…？」

メルちゃんは黙ったままです。

「あ…もしかしておねしょしちゃったかな」

「怒らないからね、お着替えしよっか」

メルちゃんは首を横に振りました。

すると…

「…あのね、こわいゆめみたの」

「怖い夢…あぁ、熱が出てるときによくあるやつだね」

メルちゃんがさっき見た夢を話しました。

「鶴…」

「あぁ、去年のあれかぁ」

「メルちゃん覚えててくれたんだね」

「…おねえちゃんどこにもいかない？」

「行くわけないでしょ、『ばいばい』って縁起でもない」

「ずっと一緒だからね、大丈夫だからね」

メルちゃんを抱きしめました。

「…で、お薬飲む時間だけど」

「…やだ」

数日後…

「行ってきます！！」

「はーい、行ってらっしゃい！！」

メルちゃんがやっと元気になりました。

とても嬉しそうに学校に行くメルちゃんを見て、お姉ちゃんも嬉しくなりました。

「さて、と」

「メルちゃんのお部屋掃除しなきゃ」

「今日はいい天気だし…お布団も干そうかな？」

メルちゃんのお部屋に入ると、机の上に何か置いてあります。

「ん、なんだこれ」

そこには、青い折り鶴が置いてありました。

折り方が雑な、へたくそな折り鶴です。

メルちゃんが昨日折ったのでしょうか。

「くすっ、メルちゃんへたっぴだな～」

「今度また教えてあげなきゃ」

「…久し振りに折ってみるかな？」

近くに散らかっていた折り紙を1枚、手に取りました。

裏面に色鉛筆で何か書いてあります。

「ん？なんだこれ」

『はやくよくならないかなぁ』

「日記のつもりかね？」

「絵日記書く元気が無かったんだね」

「…まだあるのかな」

『おなかすいたなあ』

『おともだちとあそびたいなあ』

「…日記というか思ったこと書いてるだけだなこりゃ」

『ずっといっしょだよ？』

「…ずっと一緒だよ、か」

「なんか悪夢見たって行ってたからかな」

「一緒だなんて当たり前でしょ」

「最後の1枚は、何が書いてあるのかな？」

わくわくしながらめくると、そこには似顔絵が描いてありました。

『おねえちゃんだいすき』

「…！！」

まさしく子供が描いたような、へたっぴな似顔絵です。

でも、絵を描く楽しさがにじみ出ています。

「お姉ちゃんも大好きだよ」

「ずっと一緒だよ」

お姉ちゃんはなぜか不安になりました。

「め、メルちゃん帰ってくるよね？」

「ただいまって言って元気に帰って来るよね？」

「…」

夕方になってもメルちゃんが帰って来ません。

いつもならそろそろご飯を食べ始める時間です。

どんどん不安がつのります。

「お姉ちゃんさみしいよ」

「この前メルちゃんにいたずらしたの、怒ってるのかな」

「もうお昼寝してるときにお耳に変なもの巻くの止めるから帰ってきて…」

「この前メルちゃんが悪いことして叱ったのが悪かったのかな」

「お姉ちゃん優しくなるから帰ってきて…」

「メルちゃん…」

「メルちゃん！！！！」

その時でした。

「ただいま！！」

メルちゃんの元気な声が聞こえました。

急いで玄関に向かうと、そこにはいつも通りのメルちゃんが立っていました。

「…お、おかえり」

「あのね、おともだちと遊んでたら夕方になっちゃったの」

「ごめんなさい…」

メルちゃんが謝るとすぐに、お姉ちゃんが抱きしめてきました。

「ゔっ、ぐるじい…」

「もう、メルちゃん心配させるんだから！！」

「お、お姉ちゃん怒る？」

メルちゃんが不安そうな目で見てきます。

お姉ちゃんは泣きそうになるのをこらえて言いました。

「…そんなわけないじゃん」

「でも、今度は早く帰ってこようね」

「うん！！」

「ほら、お着替えしてきてね」

「お腹すいたでしょ？」

「メルおなかすいた！！」

「元気な証拠だよ…いいなぁ」

「さきに食べちゃだめだよ！」

「はーい、分かってまーす」

メルちゃんがお部屋に飛んで入りました。

ふと、自分の左手に先程の青い折り鶴を持っていることに気が付きました。

「…あ」

握り締めてしまったのでしょうか、手の中でぐちゃぐちゃになっています。

「いけない、怒られちゃう」

「メルちゃんに怒られるのもいいかもね」

メルちゃんの折った折り鶴をまじまじと見つめると、なんだか面白くなってきました。

「くすっ、それにしてもメルちゃんへたっぴだな～」

「ちゃんと教えてあげよっと」

折り鶴を整えてから、窓際に置いてある昔自分の折った赤い折り鶴と並べました。

「ずっと一緒だよ」

おしまい